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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第38話

生還 -2

 サムは顔をおこすと、てのひらをナジムの頬にあて、胸の高鳴りを押さえて、

「ナジムや、おまえの父親は? ……どこだ」
と辺りを見まわしました。

 すると、ナジムは、突然うつむき――、
そこへひとりの重臣が割って入り、

「陛下。そのおはなしは城のなかで、」

 間髪かんはつを入れずに、

「ハンの身に……なにかあったのか?」サムが問うと、
そのことばが終わらぬうちに、あたりからむせび泣く声がもれ、
サムの全身を、
ビリビリと不吉なものが走りぬけました。

「ここではなんですので……まずはお着替えを」
ハンの側近をしていた男は、そう言って深く頭を下げました。

 サムは七人の男たちのほうにふり返り、すぐに顔をもどして、

「わたしの友に住まいを与え、あつくもてなすように」
といいつけ、
男たちのもとへとすすんで、

「あなた方はまず風呂に入り、食事をとって、長旅の疲れを癒やしてください。
 あとで呼びにまいります」と言いのこし、
重臣たちの先導にしたがって城の中へと入ってゆきました。

 城のなかでは、召し使いたちが蒸気風呂の準備をして控えておりました。

 しかしサムは、
「独りで入ります。あなた方は下がってください」
そう言って、
用意してあった湯浴ゆあみの衣を受けとると、
一人風呂場へとすすみ、湯浴みの椅子に腰をおろして、
息を吸い込み……、
前かがみにゆっくりと吐きだして、
てのひらの中にふかく顔を埋めました。

 サムのすがたが見えなくなると、重臣たちはたがいの顔をみあわせて、
「ゼムラさまに、ご報告を」と、相槌を打ちあい、そのうちのひとりが城の奥に入って見えなくなりました。

――かつて、
『ハンにはいずれ、世界に先立つ国造りをまかせたい』と考えたサムは、ゼムラという男を、ハンの第一側近にとりたて、男に、養育のいっさいを一任しました。

 ゼムラがまだ成人するまえのこと。
 留学生としてやってきた青年は、その知識と経験の豊かさを遺憾なく発揮して、たちまち時の人と噂されて城の中に招かれました。

 その青年の、機知きちに富んだ才能とその見聞のひろさにいたく感心したサムは、

「ゼムラよ、そなたの知性とその見聞のひろさをもって、
世界にかんたる国の王となるために必要な知識と教養とを、ハンに身につけさせよ。
そのことを、そなたの使命とこころえてしかと全うするのだ!」
と、全幅の信頼を托して、養育をも兼任する家庭教師として任命しました。

 ゼムラは、この勅命ちょくめいに沿った旅の計画を練りあげ、ハン王子の成長に合わせて世界中のさまざまな国を訪ねあるくと、
各分野に秀でた専門知識にふれてはそのつどくわしく解説を加え、
歴史史跡をめぐっては、
隆盛をきわめた国と衰退にいたった国とを比較して……独自の解釈でひもときながら、
ハン王子のこころのうごきにあわせて言葉をえらび、
若いこころのなかに、
慎重に……、
〝マギラ〟の種を植えつけてゆきました。

 こうして、ハン王子のかたわらには……常に、影のごとくゼムラが寄り添うことになりました。

「陛下、皆の者がそろいました。どうぞこちらへ……」
重臣は、風呂あがりの着替えをまって、
家臣の集まる広間へとサムを導きました。

 広間へ入ると、料理や酒や色とりどりの花の飾られたテーブルをはさんで向かいあう家臣たちが、一斉に立ちあがり、盛大な拍手でサムを迎えました。

 以前であれば、当然の行事としておこなわれたであろうそのようすを見渡しながら、
しかし……、サムの手に握られた拳はブルブルブルブルと震え、
風呂あがりの顔をさらに紅潮させておりました。

 玉座の前にきてさらに拍手がはげしくなると、

「――いったい、これはなんのうたげです!」

 その一喝いっかつに、広間はたちどころに静まりかえりました。

「あなた方はいったい、なにを祝おうというのです。
わたしの息子のハンは、どこですか!
答えなさい!――」
家臣たちは、足下に視線を落としました。

 するとそのとき、高い靴音を響かせて、静まりかえった広間の中に一人の男が入ってきました。

「陛下……おかえりなさいませ」

 慇懃いんぎんに頭を下げたのは、ハンの第一側近――、ゼムラでした。

 ゼムラは、玉座とむかい合わせのいちばん遠い席に立つと、

「陛下。どうぞおきもちを穏やかになされませい。
 ここに集まった者たちは、
陛下のご無事を祝いたいだけなので御座います」

……と、もういちど頭を下げました。

 しばらくの沈黙があって、

「ゼムラ。この席は、そなたの指図ですか、」

 それは、ハンの代わりをおまえが務めているのか……、という問いかけでした。

「……左様でございます。
しかし、陛下のお気に召さぬことなら、下げさせます――、」
 ゼムラは落ちつきはらった口調で応えました。

 サムはじっとゼムラを見据え、
「そうしなさい」

と言いました。

 サムのことばで、テーブルの上の料理も酒もすべてがとりはらわれ、なにものっていないテーブルを挟んで、
サムとゼムラはむきあいました。

 ながい沈黙があって……、
ときおり発するゼムラの咳が、張りつめた空気を震わせました。

 最初に口をひらいたのはサムでした。

「ゼムラ。ハンはどうしたのです」

 ゼムラは、その問いにいちどふかく頭を垂れると、
ゆっくりともどして……、

「おいたみもうしあげます。
 殿下は病にたおれ、お亡くなりになりました。

 陛下のおもどりが、
あと三月早ければ……と、
そのことが悔やまれてなりません」
そう言ってふたたび頭を垂れました。

――その訃報ふほうの瞬間、
サムの全身をとらえたのは、
ハンの死にたいする動揺などではありませんでした。

 それは三月まえの……あの、
水売りのてのひらにのせた黄金きんの懐中時計が――、
突如、ハンの記憶の渦となって立ちあがり、
黄金おうごんの龍にすがたをかえて――、
天高く駆けのぼってゆく光景でした。

『あれは、ハン!』

 それは、いつか夢の中にみたあの丸い金属に彫られた二匹の龍が、
ついにその目的を果たして、

「 ハンノネガイハ、ハタサレタ! 」

と――、
たったいま、打ち明けたのでした。

 と同時にその情景は……、
あの夜のできごとが、ハンの企てなどではなくて、ハンは、何者かのおよぼす危機を察知したがために、
イラを護衛につけたのだ! 

――ということも。

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