<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第1話
「 生きる 」という、人間にとっての永遠のテーマを追いもとめた物語小説
<まえがき>
この物語に登場する人物や物、それらの名称、状況、場所、これらはすべて脚色された架空のものであり、実在するものではありません。
また、物語のなかでかたられる思想の問題も、わたしという個人にむけた自己問答にすぎず、いかなる宗教や思想を指して述べたものでもありません。
さらに、この物語全体が、一個の人間の内的現実を各登場人物に配置するかたちで構成してあり、実在する個人は〝わたし〟以外にありえません。
<プロローグ>
……このものがたりは、ひとりの人間のこころのなかにくりひろげられしおはなしであります。
あるところに -1
あるところに男はおりました。
男は大工で名はシンといいました。
シンはものごころつくまえに母親を亡くしてしまい、大工だった父親に男手ひとつでそだてられました。
まだおさなかったシンのあそびばは、いつも父親の仕事場の片隅ときまっていて、
あるきだすまえのシンは、父のあつめてくれた木の切り屑を、積み上げてはこわしまた積み上げてはこわしと、
そうやって日がな一日をひとりあそびですごしておりました。
やがてあるきだすころになると、すきなかたちの切り屑ばかりをあつめるようになり、
土地をみたてた場所をきめて地べたにすわりこむと、
じゃまなものをとりはらい、
あつめてきた切り屑をそこにならべてさまざまなかたちに積み上げながら、
組み合わせのおもしろさと、物作りのたのしさを発見してゆきました。
そして、
『ほしい材はほかにもある』
とわかってくると、
シンは、父親のそばまできてすわりこみ、もとめる材のでるのを今かいまかと待ちました。
ほどなくして、ひとつふたつと咳払いがあって父親の手もとをみると、
「――ほらよ、」
と父親は、
今切りだしたばかりの木っ端をさしだして、口もとを斜めにして笑うのでした。
そのシンの小さな掌ににぎられる切り屑が、
ふしぎなことに、
いつもシンの望みのかたちにピタリと合うのでした。
うけとった切り屑をむねのなかにかかえこみ自分の土地までやってくると、
シンは、鋸を挽いたり釘を打ったりと、まるで一人前の大工のような仕草をまねて、
切り屑は、みたこともないすてきなかたちに積み上げられてゆくのでした。
こうしてシンのこころのなかには、
こわれても遺されてゆく永遠なるものがかたちづくられてゆきました。
そんな息子の成長をよこめに見ながら、
『いずれはじぶんの跡継ぎにしたい』
とかんがえた父親は、
シンが四歳になると、その手におさまる金槌と鉋と鋸を鍛冶屋にたのんで拵えてもらい、
その幼いからだをつつみこむように、
手をとり足をとり道具と材料のつかい方をおしえこんでゆきました。
こうしてシンは、幼いころより切り屑に好奇心をくすぐられ、父親に大工の手解きをうけながら、ものづくりのたのしさとたしかさを身につけてゆきました。
シンの父親はむかし気質の職人で、その腕前は遠い村や町にまでしられておりました。
シンはそんな父親のはたらくすがたを誇らしげに見上げながら、
『いつかはぼくも、
おとうさんのようなりっぱな大工になって、
おとうさんもおどろくような素敵な建物をつくってみせるんだ!』
と夢にえがきながら、学校にあがる歳がきても学校にはかよわず、父親のもとで大工の修行にはげみつづけておりました。
月日はながれて――、
それは、
シンが八歳になったある日、とつぜんやってきました。
その日シンは、父親のいいつけで町の道具屋まできて道具さがしに勤しんでおりました。
そこへ息せききってかけこんできた男が、
「シンたいへんだッ! おまえの父さんが、二階の屋根からすべりおちた。
今、医者をよびにいったからすぐにもどれ!」とさけびました。
シンは握っていたものをほうりだし、足は勝手に走りだしておりました。
仕事場にかけつけたとき、人集りのあいだから、くだけちった瓦のそばによこたわるみなれた背中が見えて、そのよこに、地面にひざをつき、からだの上からおおいかぶさる白い服の人がいて、
その人がからだをおこしてまわりの人になにかを告げると、
顔見知りだったおばさんがふりかえりざまにシンを見つけて、
シンのなまえを叫びました。
――その瞬間、
足もとにあった大地がくずれ、
からだは宙に浮き上がり、
おとうさんのからだが毛布にくるまれ荷車にのせられてうごきだしても……、
目だけがそれを追うだけで、
シンのからだはみえない紐でぐるぐるまきにしばられたまま、
荷車は……、
泪にあふれる海のなかへと溺れるようにみえなくなりました。
それからシンは、ひとり暮らしをしていたお祖父さんにひきとられ、いっしょに暮らすことになりました。
お祖父さんとの暮らしがはじまると、シンはまず学校へ通わなければなりませんでした。
しかし、途中からはじまった学校の授業はたいくつきわまりなく、先生のしゃべることはちんぷんかんぷんで、
シンはとうとう、授業をぬけだして、村のあちらこちらにでかけていっては拾いあつめた材料をもちかえり、おとうさんの揃えてくれた大工道具をひっぱりだしてきては、時間がたつのもわすれてひとりあそびに耽るのでした。
そんなシンのすがたをみかねたお祖父さんは、シンの将来をかんがえたすえに学校をやめさせ、知りあいの大工のところへ修行に出すことにしました。
その人は、
シンのおとうさんとはちがって多くの弟子をかかえる町いちばんの棟梁でした。
シンは、弟子たちのなかでもいちばん若かったので、
まずは兄弟子たちの手伝いからはじめなければなりませんでした。
こうしてはじまった仕事は、大工道具を持つこともゆるされないきつくて汚れる単純な作業ばかりで、シンの不満は日に日につのってゆきました。
そんなシンのようすをみかねたお祖父さんは、
「シン。どんな仕事も、一人前になるまでがたいへんなんじゃ。
人間はのー、そのつらいひとつひとつのことをのりこえながら、
一歩ずつ大人になってゆくものなのじゃから、
それを疎かにしてはならないよ」
と言ってはくれても、
なぐさめにはならず、シンはますます塞ぎこんでしまいました。
『ぼくは、大工のしごとがしたいんだ!』
シンはとうとう、寝床にしがみついたまま仕事をやすんでしまいました。
お祖父さんは、そんなシンの枕元にやってくると、
「シン! おまえはなんて情けない。
そんなことでどうして立派な仕事のできる大工になれる!
こんな情けないすがたのおまえをみたら、父さんは、母さんは、なんと思う。
しっかりしろよシン!」
お祖父さんは、
棚のうえにかざってあったシンの両親の遺影を見上げ、
寝床にしがみつくシンをひきずりだして親方のもとへつれもどしました。
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