<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第10話
侵入者 -3
――旅人は、宝物をさがしに旅に出ます。
しかし、行く先々にはいつも困難がまちうけていて、旅人に無理難題を投げつけながら、奈落の底につき落とそうとその力をどんどん大きくしてゆきます。
……しかし、そこにふしぎな力があらわれて、
『困難をのりこえる道と、避けて通る道があるのだ』
と旅人に告げます。
困難をのりこえる道は、苦しみに耐えながら、じっとそれを見つづけること。
そして、それを見なければ、困難は、容易に避けて通ることができるのだ。
と言うのです。
旅人は、どんなに苦しいことがあっても、宝物を自分のものにしたかったので、困難をのりこえる道をえらびます。
すると……困難をのりこえたとき、
それは、思いもしなかったすてきな宝物にすがたをかえるのでした。
「ねェ、ねェー、おじいちゃま。それって、なんだったの?」
と、ナジムが訊くと、
サム王様はナジムのやわらかな髪を撫でながら、
「ナジム……それは、
おまえのいちばんたいせつなものだよ。」
「……ふ~ん、」
こうして、しばらくおはなしに夢中になっていたナジムが、おおきな欠伸をはじめて目をこすりだすと、
サム王様は、まるいほっぺたにくちびるをよせて、チュッ、とおやすみのキスをしました。
そして、
「ナジムや、つづきはまたこんど。
またおはなししてあげるから、
今日はもうおやすみ」
と、いつもならここで、すぐに目をとじるナジムが、
こすっていた目をパチリと開くと、
「おじいちゃま。ぼくね、まいにちね、とってもとってもこわいゆめをみるの」
「怖い夢?
はて、それはいったいどんな夢だい?」
とたずねると、
「んーとね。おおきなおおきなドラゴンがとんできてね、おじいちゃまをね、とってもとってもこわいところへつれていっちゃうの」
と、目をぱちぱちさせながら言いました。
サム王様は、心配そうにみつめるナジムの背中をやさしくさすると、
「ナジムや、安心おし。
たとえどんなに大きなドラゴンがやってきて、おじいちゃまを怖いところへ連れていったとしても、
おじいちゃんは、そのドラゴンをやっつけて、
かならずおまえのところへもどってくるから、
だから……、あんしんしておやすみ」
ナジムは、サム王様を見あげて、なんどもそのことばを確認すると、
胸もとに顔をうずめて、やがてちいさな寝息がはじまりました。
しかし……、ナジムの心配は、サム王様の心臓のあたりに、なにか嫌なものをのこしました。
『……もしやナジムは、父親の国外追放を感知して、こころを痛めているのではあるまいか?
このおさないいのちは、
わたしが父親に行おうとしていることを恐ろしいことにかんじて、
それがドラゴンという姿に化けて、
か弱いこころを苦しめているのではあるまいか?
ナジムや……、ゆるしておくれ。
おまえのお父さんには、ただいつもよりすこしだけ長くお仕事に行ってもらうだけのことなのだから、
おまえが心配することはなにもないのだよ。
だから安心しておくれ……ナジム』
王様は、幼子のからだをギュッとだきしめました。
いつもなら、ナジムの寝顔を確認してすぐに眠りにつく王様でしたが、
この日ばかりは嫌な胸騒ぎがおさまらず、家臣をよぶと、ナジムは母親のもとに届けさせました。
そして、眠れぬままに夜は更け……、
胸騒ぎは現実のものとなりました。
王様は、窓の外に気配をかんじ、忍び足で窓際まで近づくと、そっと、顔の半分だけだして外のようすをうかがいました。
すると、王と家族の住むこの別邸の、外灯のてらしだす門の陰から、
護衛兵とはあきらかにちがう出で立ちの複数の影があらわれ、
門番ならぬハン王子とおぼしき影に近づき……なにやら交わすと、影はそのままひとつになって、
建物の中に吸いこまれるように見えなくなりました。
その瞬間――、
『しまった!
すでに悟られていたのかッ‼』
サム王様の背中に冷たいものが走りました。
『まさか、別邸の者たちまでもハンの手中に堕ちていたとは。
……なんたる不覚!』
咄嗟、サム王様のからだは最悪の事態にそなえて動きだしておりました。
『ハンは、国民の声を楯に、わたしの口を封じこめ、是が非でも、自分のかんがえを押しとおす計画なのだろう。
とにかく、今ここで捕らわれたら息子のおもうがまま。
ここはいったん城をはなれ、ことのなりゆきを見極めたそのうえで、
次の手立てを考えるほうが賢明だろう!』
サム王様は、部屋に鍵をかけると、取るものもとりあえず急いで靴をはき、
わすれものがないかとあたりを見まわしました。
そのとき、金属のこすれあう音がして、
それは……、
自分と家族の者しかもつことがゆるされない鍵の差しこまれる音でした。
サム王様は急いで寝台の下にもぐりこみ、秘密の抜け穴の扉をひらくと、奈落の底につづくような暗がりのなかに身を沈め、
通路の壁を手探りに、城の土台をくりぬいてつくられた洞窟のなかへとやってきました。
洞窟は、戦国の時代につくられた、小さな桟橋をそなえる逃走用の設備で、
まるく穿たれた石垣のむこうには、月あかりを映してユラユラキラキラとゆらめく水面が、
蒼くしずむ闇のなかに見えなくなるまでつづいておりました。
サム王様は、
桟橋につないであった小舟にとび乗り、
月あかりに照らされた水草をわけて、
夢中で櫂を漕ぎました。
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