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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第24話

キマ -4

 キマは、
膨らみはじめたお腹をかかえ、
身重であることはかくして、
仕事をかけもちに、
寝るまをけずって働きつづけました。

 そうしてすこしずつ貯めた預金のカードをにぎりしめて、病院の窓口に駆けこむと……、
社会的地位をしめすSTカードのないことを理由に、保証金の前払いを求められました。

 その金額があまりにも高額だったので、

「足らないぶんははたらいてかならずお支払いしますから、ですからどうか、おなかの子を見捨てないでください!」とすがりついても、

「あのー、ふつうですね、STカードがない、決まった仕事にも就いていない。
 身分証も保証金もありません……では、
診察のしようがないっしょ!」
と愛想なく断られ、
キマは、たずねた医者が悪かったのだと思い、次の病院をあたりました。

 しかし、次にたずねた病院の窓口でも、

「支払いのできる保証人を立てるか、STカードをつくって出なおしなさい」
と、にべもなく断られ、またべつの医者をさがて歩きまわりました。

 こうしていくつもの病院をたずねあるきましたが、
どの窓口からも同じような返事しかかえってきませんでした。

 そしてとうとう、お腹の子の産まれる月をむかえ、

「――どうか、この子をたすけてください!」
と、病院の玄関にきてさけんでも、その声にこたえる人はなく、
キマはやむなく、
自分の小さな部屋にかえって子を産みおとしました。

 しかし産まれてきた子には、……息がなく、全身をさすっても反応もなく、
下むきに、背中を叩いて喉につまらせていたものを吐きださせて、
ようやく子は、
そのちいさな胸をふくらませてあえぐような呼吸をはじめました。

 しかし、……子は、
泣くことができず、手足を動かすことができませんでした。

「サム――!」
キマは、産まれたばかりの子を抱き締めて、

『この子は、わたしを救うために、来てくれたのだ――!
 わたしは、すべての愛をこの子にささげて、そして、
この子といっしょに生きてゆこう!』と、こころに固く誓いました。

 その後キマは、STカードがなくても診てくれる医者がいると聞きつけて、
その場所をおとずれました。

 そこは、第二第三の階層ではたらく男たちのなぐさものとなってはたらく女性たちがあつまる場所で、いわば、かけこみ寺のようなところでした。

 キマはそこに通いはじめ、女性たちとはなしをするうちに、
だれもがさまざまな事情をかかえて、
まわりとの歯車が噛み合わなくなり、
生活保障や社会保障の受けられない身の上となり、弾かれ、はじかれて……、
やがて、あるいはやむなく、
その道に足を踏み入れざるをえなくなっていった人たちなのだ。と、知りました。

 キマは、自分とよく似た境遇にある彼女たちのはなしを聞くうちに、
こころはしだいに楽になり、誘われるまま、
……いや、
わらにもすがるおもいで、
その道に足を踏み入れてゆきました。

 しかし……その道は、
酒や薬や賭け事とおなじで、
足を踏み入れたとたん、
たちまちここちよい世界にひきずりこまれて――、
いつしか心は迷子となり、
急な坂をころげおちるように、
現実とはかけ離れた穴の中へと落ちて、
現実をとりもどすためには――たいへんな苦難の強いられる、
……そのような道でした。

 こうしてキマは、
現実社会の表皮をすべり落ちるように底辺へと堕ちて、
とうとう……、原因不明の病におかされ、それは、子のサムにも反映しました。

 キマは、サムといっしょに施設にあずけられましたが、
しかし……、親の、身元ひきうけ拒否に合い、
持ち金尽きたところで着の身着のまま施設を追いだされ、
さまよい歩くうちに、いつしかコボルの町にたどり着いておりました。

 母乳のでなかったキマは、
流動食しか喉を通せなかったわが子におもうような食事もあたえられず、
四才になったばかりのわが子を、
飢えで亡くしてしまいました。

 そして……、
この二才の幼児ほどにしか育てられなかったわが子をだきしめて、

『じぶんもいっしょに死のう』
と思いました。

*


「あなたが声をかけてくれなかったら……」

 キマは、大つぶの泪をおとして声をつまらせました。

 そんなキマのはなしを、
サムは――、
胸の締めつけられるおもいで聴いていました。

『これが――親なのか!
 わたしは、息子に、
どれほどの愛を注いできたのだ!

 わたしは、母親の、
子をおもうこころに、声に……、
いちどだって真摯に耳をかたむけたことがあったか⁉
 わたしは、自分の望みばかりに心囚われ、
息子のこころのさけびすら聞くことができずに、
一人……、疑心暗鬼に陥っていただけではないか!

 ああ! なぜあのとき、
ハンのこころを踏みにじるようなことをしてしまった!
 なぜこのは!――、

ハン、ハン、
……すまぬ。

――すまぬ!

 わたしこそ、人を見る目をもたなかったのだ!

 だから、だから……、
国を追われる羽目になったのではないか!

 あー、わたしはなんたるおろか者!

 わたしは、わたしは……、
なんとあさはかなにんげんであったのだ‼』

サムはこころの底から、人間としての己の未熟さに恥じました。

 と――そのときでした。
 この国にやってきて、ルイとキマに出会った出来事が、
ひとつの像をむすんでサムの目の前に立ちました。

 それは……、

 十字架に磔にされたひとりのにんげん・・・・・・・・でした。

 そしてそれが、じぶんのすがたにかさなった瞬間――、
 サムは鋭い光につらぬかれました。

『――そうだったのだ!

 わたしは……、

人間であるじぶんの未熟さを識るために、
――ここに運ばれたのだ!

 わたしは、〝マギラ〟を絶対悪と決めつけたが、実は、悪は……、
わたし自身がつくりだしていたのだ!

 わたしは、そのことを識るために、
そして、これをあらためるために、
――ここへみちびかれたのだ!』

このとき――、
こころの隅にわだかまっていた、
息子ハンや、国民にたいして抱いていた醜い思いたちが、
一瞬のうちに吹き払われました。

 そしてサムは、

『自分は――、
ここにむことがゆるされたのだ!』

 と、思いました。

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