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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第21話

キマ -1

 そんなある日のことでした。
 サムは、道端にうずくまるひとりの女性に出会いました。

「――どうかしましたか?」たずねると、
女性は子をかかえて泣いていて、子どもの顔には血の気がありませんでした。

「おおー、これはたいへんなこと。ささ、おいで、お医者さんのところへ連れていってあげるから」
サムは母親のうでをとり、ルイのところへ助けを求めようとおもいました。

 しかし母親は、頭をふってうごこうとはせず、ぎゃくに、はげしく泣きだしてしまいました。

 サムは咄嗟、その子の額にふれてみました。
――しかしそれは、こころを凍てつかせるものでした。

 サムはことばをうしない、ただそこにたたずんで、母子を見守ることしかできませんでした。

 母親は、悲痛なうめきごえをあげていつまでも泣いておりました。

 サムはこの先どうしてよいものか、だれかにたすけをもとめようにも、まわりにそんなことに感心をよせる者はなく、人びとはただ無気力にうつむいたままでした。

『やはりルイのところへ』
とも思いなおしてみましたが、やはり、それはやめようと思いました。

『死んだ子どもを連れていったところで、いったいどうしろというのだ。
 ぎゃくに迷惑をかけるだけではないか!』

 サムは母親がおちつくのをまって、いっしょに埋葬してあげようと思いました。

 しかし母親のようすをみていると、母親まで子のあとを追ってしまいそうで、
そこでいったん母子のもとをはなれて自分のねぐらへもどり、
今晩の食事にとっておいた鍋の底のかゆをあたためなおして、碗にすくって、
二枚の毛布をこわきにかかえて母子のもとへ急ぎました。

 もどってくると、母親は、離れたときとおなじかっこうで地べたに座りこんでおりました。

「さあー、これを……おたべ、」
しかし母親は、放心したように動こうとしませんでした。

 サムは、母親を正気にもどそうと、
頰を二三度たたいてみました。

 そうして顔をあげた母親はまだおさなく、歳のころ二十歳はたちそこそこにしか見えませんでした。

 サムはまだ温かさののこる粥をスプーンにすくって、
顔をおとした母親の口もとまではこんでやりました。

 すると母親は、よほど腹を空かせていたとみえ、
ふるえる手にスプーンをもつと、
すぼめた口に粥をはこんでむさぼるようにすすりました。

 サムは、粥の入った碗を母親の手にもたせ、
かかえた子に毛布をかけて、
もうかたほうの毛布をひろげて母親のからだにかけてやりました。

「とにかく、それを食べてからだをあたためなさい」

 母親は言われるまま、碗の中の粥をすくって食べました。

「それを食べおわったら、わたしのところへ来るといい」
サムがそう言うと、
母親はとつぜん碗を投げてわが子の身体を抱き寄せました。

「心配しなくていい。その子もいっしょだ――」そのことばに、
母親は子どもをきつく抱きしめ、はげしくからだを震わせました。

 サムは、ねぐらは母子にあたえることにして、自分は、夜露をしのぐ毛布をさがしに廃墟のなかに潜りこんでゆきました。

 壊れた壁をのぞき込みがらしばらく行くと、手頃な毛布が目にとまり、
サムは毛布を拾いあげて、
……しかしすぐにもどして一歩しりぞきました。

 そこには、老人の亡骸なきがらが横たわっておりました。

 老人は、だれに看取みとられることなく亡くなったのか、生活の痕がそのままそこに遺されてありました。

 サムは老人のそばにひざまづき、目をとじて、
しずかにてのひらを合わせました。

 気をとりなおして立ちあがり、歩きだすと、その先も、その先にも、いくつもの亡骸がころがっていて、
なかにはまだ年若い者や幼児とおもわれるちいさな亡骸もありました。

 サムは、ことばにならない無念さを奥歯のおくに噛みつぶしながら、さらに奥へとすすんで、
やっとみつけた毛布をかかえて自分のねぐらへともどってきました。

 サムは、
母子が来てからというもの、
まいにちまいにち、他のコボルたちといっしょに高い塔の街まで出かけて行っては、路地裏にすてられた食料をあさり、母子のもとへともち帰りました。

 母親は、それを受けとり食べるときも子は抱きかかえたままで、ひとことも喋らず、
受けとった食事を子の口もとまで運んでは……なにやらかたりかけて、
それを自分の口に運んで食べました。

 それから数日がたった暖かな日のこと。
 その日の食べものをかかえてもどってみると、
二人のまわりをたくさんのはえが飛び交っておりました。

 サムはとうとう思い切ることにしました。

「いつまでそうしているんだい?
 子どもはもう腐りはじめているよ。
……うじに、食べられるのを見るのは、
よっぽどつらいんじゃないのかい」

 母親は小さくうなずきました。

 サムは頃合いになったのだと思いました。

「さぁー……、
この子を土の中にかえしてあげよう」

 サムのことばに、母親は顔をあげました。

 サムは両手を伸ばして、
子どもを自分のうでのなかにあずけるようにとうながしました。

 しかし母親は、ながいあいだおなじ姿勢でいたために子を持ちあげることができませんでした。

 サムは腰を屈め、母親のうでのなかから子を抱きあげました。

 子はすでに硬くなり、強い臭気を放っておりました。

 手をのばすと、母親はそのうでにつかまり、やっとのおもいで立ちあがりました。

 おぼつかない足どりの母親の手を右手に、
その子を左のうでにかかえて、
サムは、
廃墟のなかの瓦礫がれきに埋まった道を、
埋葬できそうな場所をさがして歩きつづけました。

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