<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章・出会い‐ 第7話
見知らぬ国の王様 -3
「はあ……」
シンには、サム老人のはなしの内容をまだ聞き入れるだけのこころの準備がなかったので、
ともかくはサム老人のことばを聴きのがさないように、と、耳をそばだて、眉間の皺をふかくして、握りしめた拳にギュッと力をこめました。
「……シン、人間のこころのなかには、自分でも気づかないおおきなちからがはたらいているのです」
サム老人は、シンには見えない壁の奥のものをみつめるように、
「この二匹の龍は……もとはひとつで、
いっぽうの龍の掌には時という珠がにぎられていて、
もうかたほうの龍の掌のなかには、時の痕がしるされているのです。
その、いっぽうの龍の珠には、みらいという時が、
また、かたほうの龍の掌の痕には、かこという時がしるされていて、
たがいは、
二つに分かたれるまえそこにあった、
うばわれし時をめぐり争いあっているのです」
そこまで言って、シンをみつめるサム老人のまなざしが柔らかくなりました。
「シン。龍たちが捜しもとめる、その、たがいが奪われてしまったときとは、いったいどのようなものであったか想像できますか?」
あまりに唐突な質問に、シンは、とつぜん暗がりの中に放り込まれた人間が、足の踏み場をもとめて手探りでもするかのように、そこに、さまざまなことばを思い浮かべました。
「ん~、それはきっと……、ボクたちが想像もできないほどキレイなもの?」
シンは、とにかくそこには、信じられないほど美しい何かがあったにちがいない。
と思いました。
サム老人は小さくうなずくと、
「シン。たとえるなら、それはどのようなものですか?」
またしばらく考えたシンは、
「んー、たぶんん。この世のものでは言いあらわせないほど、輝きにあふれたじかん?」
サム老人はじっとシンをみつめて、
「シン。
もっともっと想像力をかきたてるのです。
そのかがやきとは、
……いったいなんですか?」
シンは、それいじょう考えが進められなくなり、天井を見上げたまま頭を抱えこんでしまいました。
「ぐぅ~、そんなこととつぜん訊かれても、
考えたこともありません!」
「シン。
……あの龍たちも、あなたとおなじように、
うしなわれた時をおもいだすことができないのです」
サム老人は、シンの掌を強くにぎりしめ、ひとみの奥のひかりをふたたび強くして、
「シン。そのうしなわれてしまった時が、
――いまなのです!」
シンは目をまるくして、
「いま?
いまって、ここにあるこの今?」
サム老人は微笑み、
「――そう。
うしなわれてしまったいまは、
あらたなすがたとして、
みつけだしなおされなければならなくなったのです」
「今を……見つけなおす。ってことですか?
だって今はいまで、ここにあるもののことですよね?
それ以外になにがあるんですか?」
「……シン。
いまは、
かことみらいに分かたれたことで、
輝きと美しさを失ってしまったのです」
「……」
「龍たちは、そのうしなわれてしまった、いまの、
うつくしさとかがやきとを求めて、
天高く、
そして地の深くまで、
たがいに藻掻き苦しみながら捜しまわらなければならなくなったのです。
――そしてシン、
人間も、
龍たちとおなじ、
この失われた美しさと輝きとを求めて、
今に生きるのです」
サム老人のひとみの奥からはなたれるひかりはいよいよ強く、見えないすがたになって、シンのこころの奥深く……深くへと流れこんでくるかのようでした。
「いまを捜しもとめる龍たちは、
やがてそこにしるしをみます。
しるしは、自分を裁くすがたとなってあらわれるのです。
……それが、十字架に磔にされたひとりのにんげんです。
そして龍が、
『十字架は、自分のおこないによって、打ち立てられるのだ!』と気づくとき、
二匹の龍の、
おとこであるものとおんなであるものがひとつになり、
それぞれの珠からそそがれる、
かことみらいを受け取るのです。
その未来であるものと過去であるものがひとつになり、
なかからひとりのにんげんが立ちあがり、
十字架をはなれ、翼にすがたをかえるとき……、
龍がそれを纏い、
わたしは、『いま』である!
と告げるのです。
すると今は、
むげんのうつくしさと、むげんのかのうせいと、むげんのきぼうを龍にむかって解き放ちはじめ、
分かたれた目的が……果たされてゆくのです。
――シン。生きるとは、
天の示されるその愛を、自分自身の中に充たしてゆく!
そのことなのです。
わたしはそのことを、
あなたにつたえるために、
ながいながい旅をつづけてきました」
サム老人はそこまではなすと、息をふかくはきだし、呼吸をととのえなおして、
「シン……。わたしは、
じぶんのつくりだす過ちにみちびかれて、
ここへ……たどりついたのです」
と、握っていた両手をほといて胸もとに組んで、天をみつめてなにごとかをつぶやきました。
シンには、サム老人のはなしが、
まるで、お祖父さんに引きとられて通いはじめた学校の先生の授業を聞いているようにちんぷんかんぷんでした。
しかし……、サム老人のことばは、お祖父さんのことばと重なりあううつくしい奏となって、シンのこころのなかに充たされてゆきました。
「――シン。ここにたどり着くまでに、
わたしのはなしに耳を傾けてくれた人は……ただのひとりもありませんでした。
シン――、
わたしがこれからはなす旅のはなしを、
さいごまで聞きとどけてくれますか」
サム老人は、やさしい眼差しのなかにも強い意志をこめてシンをみつめました。
シンも、ほんとうのおじいちゃんのようにサム老人を見つめて、
……深く頷きました。
こうしてサム老人は、
肉体にのこされた最期のちからを燃やし尽くすように、旅の噺をかたりはじめました。
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