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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第41話

――ところが、
それから数年がたったある日のこと、王様の怒鳴り声にナジムの部屋に駆けつけてみると、三歳の誕生日のプレゼンにと海外視察で買ってきた玩具おもちゃの〝マギラ〟が、
サム王様の頭上たかくに掲げられ、いまにも中庭めがけて投げすてられようとしておりました。

 以来、サム王様とハン王子の間にできた大きな溝は、ゼムラの思惑に沿って利用されてゆくことになりました。

 長期遠征は、ハン王子と一派にたいする実質的な国外追放ではありましたが、しかしそれは、ハン王子にたいする、いっときのおしおき・・・・のつもりでしかなく、
サム王様は、信頼をよせる重臣をまえに、
「よいか。遠征が芝居であることを悟られぬよう、うまく演じるのだ。よいな!」
と、念を押しました。

 しかしその席には、ゼムラの息のかかった重臣が複数おり、
報告をうけたゼムラは、ハン王子の耳もと近くに顔を寄せて、神妙なおももちでこう切りだしました。

「陛下は、殿下とわたしどもを国から追放し、亡き者にするお考えですぞ!」
と、長期遠征が芝居であることを暴き、
〝マギラ〟推進計画はおろか、自分たちの命まで危うくなる。
――と告げたのでした。

 ハン王子は、
あのとき、父によってはじめて打たれた左の頬の、顔もあげられぬ痛みと痺れと、
なにより……、そのときに見た、あの、恐ろしい顔――!
 と、そのときのことを、いまさっきのことのように思いかえして、
父のこころを推し量ろうとするきもちはえて、ゼムラの語ることばの磁力に引きよせられてゆきました。

 ゼムラは、ハン王子の狼狽うろたえるようすに、
さらに耳もとちかくに顔を寄せて、
「陛下は、過去のできごとのすべてを忘れて目覚めるのです。

……殿下を打ったことも、

……〝マギラ〟をけがしたことも。

 そして……、
そのときに見る現実が記憶の器となり、
過去のできごとを器のかたちに整えながら、
〝マギラ〟の存在を、
すでに承認された出来事として蘇らせるのです。

 陛下にはたった三月、やすらかに眠っていただくだけのこと。
 陛下の身に危害をくわえることは一ミリもありません。
 ごあんしんなさい――、殿下、」

と言いながら、
それでも動揺のおさまらない王子に、

「殿下。
今をのがして、この国の未来を望むなど、
――ありえませんぞ!」

と、釘を刺しました。

 ハン王子は、ゼムラの説得にうしろ髪引かれながらも、
ゼムラの言う、国の未来にかかった重さと、
父の人生のわずか数ヶ月の時間の重さとを……それぞれのはかりに載せて、
……それが、〝マギラ〟のつくりだす幻想世界と同質のことであろうなどとは考えることもできずに、
あたかもそのことが……、目のまえの事実。
であるかのような錯覚のなかで・・、

こころとはうらはらの、
天秤の針をよみました。

 そして、
後ろめたい思いを引きずったままむかえた計画実行のその日。

 ハンは、
『どうか――、この計画が失敗におわりますように!』
 と、こころのなかに祈りながら、
サム王様の寝室の鍵をなんどもなんども差しかえ差しかえ、

『どうか、ナジムの教えてくれた秘密の通路をつかって逃げてください!』
とこころのなかに叫びつづけました。

 扉が開かれたそこに、サム王様のすがたはありませんでした。

 王のいなくなった城のなかは大騒ぎとなり、城の者たちが夜通し探しつづけましたが、ついにそのすがたを見つけだすことができずに次の日の朝をむかえました。

 ハン王子は大きく胸をなでおろすと、すぐに一人の男を呼んで、

「だれにも気づかれぬように後を追い、陛下のお命をお守りするように――」
と、男に、父の命を託しました。

 その人こそが、ハン王子が武道の師と仰ぐ、国中の強者つわもののなかでももっとも屈強くっきょうな武術の達人、イラでした。

 イラは、サム王様の居所をしらせるために、たえずハン王子のもとに使者を送りつづけながら、

『もしも、陛下の御身に危険が及んだそのときには、我が命に替えても護り通す!』と、こころにかたく誓っておりました。

 夜が明け、大捜索がはじまろうとしたそのときに、ハン王子がそれを止めさせたのは、
『ゼムラの手中から父を遠ざけねば!』
と判断した、咄嗟とっさの行動でした。

 この、ハンのとった捜索中止に対し、
ゼムラはすぐさま、刺客を差し向けたのでした。

 その後、見えない暗がりのなかに引きずりこまれてゆくような国の様子を目の当たりにしながら、
その〝マギラ〟を、
国の中に持ちこんでしまった慙愧ざんきねんが、
ナジムに語られるまでの永きのあいだ、
だれに語られることもなくこころの奥にしまわれたまま、ハン王子の心身をむしばみつづけました。

 そこまではなしを聞いたサムは、ふたたびナジムを抱きしめて、

「そうか、そうであったのか。
ナジム、よくぞ、よくぞはなしてくれました。

わたしが城を出ていなかったら、ハンは、もっと苦しむことになっていたかもしれないのですね――」

 そのときサムは、
胸の奥深くから、
ゼムラに対する敵対心のむくむくむくむく起きあがってくるのを感じました。

『――否、しかし!。
 ゼムラに、ハンの身の回りのいっさいを委ねたわたしこそ、
責任逃れをしていたわたしこそが……、
真の悪者だったのだ!

 しかし……しかしなぜ?
 ゼムラよ――、
そなたの胸の内に、
いったいどのような思いが渦巻いているというのだ?

 なにがそこまで、そなたを突きうごかしているのだ!――』

 立ちあがったサムは、部屋のなかを歩きまわり、

「……どうする。
このままでは、国まで奪われかねない。

ゼムラを――、
なんとしてもこの国から追い出し、
二度と戻れぬようにせねばならぬな。
ふンンッ――!」と、握りしめた拳を震わせました。

 しかしナジムは、

「お待ちください、お祖父さま。
いま、ゼムラ、せ……、
いえ、ゼムラを追放することは、
あまりにも危険すぎます。

 そんなことをなさろうとすれば、
反対に、逆襲に遭い、
城も国もめちゃめちゃに壊されかねません!

 実際この城も、
『お祖父さまがもどってくるまではいっさい手を加えてはならぬ』との、
お父さまのお達しがあって、なんとか昔の姿を止めておりますが、
内内ないないでは既に、城をとり毀し、マギラ神殿を建設する計画が、着工を待つばかりになっていたのです!」

「……やはり、そのようなことが、」

 ナジムは、拳をかたくにぎりしめたまま視線を床に落としました。

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