<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第40話
ナジムの回想 -1
〝マギラ〟推進の側にいたハン王子とその一派に長期遠征を告げるまえの日の晩――、
ハン王子とゼムラは、複数の家臣をしたがえて王の寝室に忍び入りました。
ゼムラの計画は――、
寝込んでいる王様に秘薬を打ち、数ヶ月のあいだ眠らせておいて、その間に王の実権をハン王子にひきつがせ、〝マギラ〟開発を国の政策にして進めてしまおう。
というものでした。
サム王様に打つ薬とは、ハン王子とともに世界中をめぐりながら、
とある国の市場のかたすみで、怪しげな商人から手に入れたアタカモとよばれる薬で、
打たれた者はまもなく質の悪い伝染病の症状をあらわし、
眠っている間に過去の記憶を根刮ぎ奪われると、
目醒めたときには……、過去の記憶は現在を基点とする記憶に再形成されて、
恰も、そのことがほんとうの記憶である。
……と、信じこんでしまうのでした。
このアタカモは、さまざまな陰謀のためにつくられた闇の薬物で、
ゼムラは、
この薬を手に入れる計画を旅の最初から忍ばせておりました。
ゼムラの心のなかには、
そこにいたるまでの燃え盛る炎のような憎しみがありました。
ゼムラは若いころより、その思いを果たすためにサムに取り入ると、
信頼を得るためのさまざまな画策を講じながら、首尾よくハン王子に近づいたところで、
長年練りあげられた計画を実行に移してゆきました。
旅先でゼムラは、
「世の中のできごとの裏にはさまざまな絡繰りがかくされているのです、」
と、世の中の仕組みを解き明かし示しながら、
世界をうごかす力のあることを、ハン王子のこころの隙間にくりかえしくりかえし擦り込んでゆきました。
そのはなしは実に巧妙で……、
ハンには、ゼムラの説くまさにそのとおりに世界が動いているようにみえました。
ゼムラは、自分の説くこの力の魅力にどんどん惹きつけられてゆく若いこころのようすをうかがいながら、
「殿下、この……世界をうごかす力を、
〝マギラ〟というのです。
この〝マギラ〟の力をより多くもつ国こそが、これからの世界を担い、
〝マギラ〟の力関係によって、世界は序列されてゆくことになるでしょう。
〝マギラ〟を侮る国は世界からとりのこされて、
かつて、武力によって占領された植民地同様に、惨めな運命を背負わされることになるのです。
この国も例外ではなく、
かならずや、その危機の訪れるときがやってくるでしょう。
殿下――、
時に猶予はなりませんぞ。
今の、国民のだれも、そんな時代が来ようなどとは夢にも思っていなでしょうが、
しかし世界は、確実にその道を突き進んでいるのです。
――ご覧なさい!」
とゼムラは、ことあるごとにそのことを強調して示しました。
そして――、
「殿下。殿下はまもなく二十歳の誕生日をおむかえになられます。
聞くところによれば、お世継ぎの二十歳の誕生日の日には、その成人を祝い、願い事のひとつが叶えられる習わしがあるとのこと。
殿下、このようなチャンスを逃す手はありませんぞ!
しかしまちがっても、〝マギラ〟の名を口に出してはなりませぬ。
目新しいことに神経質な陛下のこと、聞きなれぬ名は……、禁物です。
くれぐれも、流行りの遊具としてお強請りなさい」
と念を押しました。
そして、ハン王子の二十歳の誕生を祝うその日――、
サム王様は、国中から招かれた代表の集う大広間の壇上に立つと、ハン王子の控える席のほうに顔をむけて、その名を高らかに呼び上げました。
拍手に押され、緊張したおももちのハン王子が壇上に立つと、
サム王様は、満面の笑みを湛えてこう告げました。
「ハン――。
そなたは、本日めでたく成人の日をむかえ、晴れて、第一王位継承者と相成った。
故に今日の日は、
わが国にとっての記念の日でもある――。
よって、この日を祝して、望みの品を与えよう。何なりと申すがよい。」
そのことばに、ハンは待っていました! とばかりに大きな声で応えました。
「ありがとう存じます、陛下。
……では、わたしが世界中をめぐり、ありとあらゆる品々を見てまわったなかでも、もっとも優れた品物をいただきとう存じます」
「ほう――。それはいったい、如何な逸品であるかな?」
「はい。それは箱の中に入っており、覗く者を、見たこともない不思議の世界や夢のような世界へと誘い、
それがまるで、
ほんとうにそこにあるかのように体験できる魔法の装置なのでございます。
世界中のすぐれた国のすすんだ都市では、だれもがみなそれを覗きこみ、夢を叶え、希望に花を咲かせているのでございます。
しかもその装置には、
見るものの心に抱える不安を取り除く仕組が備わっていて、
たとえどのような不安の中にあっても、
その世界へ運ばれたとたん、
不安はたちどころに取り去られ、
心は――、喜びと活力とに満たされてゆくのでございます。
これはまさに、奇跡を生みだす装置なのでございます。
陛下――。国民のだれもが、日常にかかえる不安や苦しみをとりのぞき、
こころ豊かに毎日が送れますように、
――どうか、それが、わたくしの望むたったひとつの願いとお聞きとどけくださり、
なにとぞ――、叶えていただきとう存じます!」
ハンのことばに、広間は色めきたちました。
しかし、サム王様は、
「ハン。そんなたわいもない、ありもしないことで、ほんとうに人がしあわせになれると、本気で言っているのか?」
と、呆れた顔をしました。
「――いいえ、それで人は、夢が叶えられている。……と、
信じることができるのでございます!」
「んんん……、それではまるで、園地の遊具ではないか?」
「たしかに――!、
陛下の仰るように、大人もよろこぶすすんだ遊具なのでございます」
広間のなかに笑いがおこりました。
「よし、……相わかった。
そなたの望みどおり、国民の癒やしとなるようとりはからうがよい」
と――、このような会話のなかで、〝マギラ〟はこの国に持ちこまれることになりました。
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