<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第12話
逃走、砂漠へ -2
こうしてサム王様は、
天よりあたえられた貴重なじかんを犠牲にしながら、〝マギラ〟に熱中する国民のすがたと、
その忌まわしい箱を国へもちこみながら、
苦しむ国民のすがたを見ようともしない息子の、
――あのときの顔とことばをおもいかえしては、
焼けつく砂の大地を、怒りにふるえて歩きつづけました。
もしもこのとき、この燃えるおもいがなかったら、砂漠の熱に焼かれたサム王様は、まもなく息絶えていたことでしょう。
しかしそうやって歩くうちにも、
自分にとってなにより大切だとおもっていた重たい衣装では、
ぎゃくに砂に足をとられ、
命まで盗られてしまう!
とかんがえはじめたサム王様は、
『わたしはこの身に、
王という権威の、その重たくて硬い鎧をまとうことで、
ぎゃくに、自分の足もとを危うくしていたのではないか?
……こころ囚われて、
己の足もとが見えなくなっていたのではなかったか⁈』
と、気づきはじめました。
そこで、サム王様は、
権威の象徴ともいうべき重たいマントを、
砂の中に棄てました。
こうして、
くる日もくる日も、
胸のなかの苦しいおもいを照りつける陽射しと砂に焼きながら、
荒涼としたどこまでもかわらぬ風景の中を歩きつづけました。
しかし……ふしぎなことに、喉の渇きが限界になると、どこからともなく被りもののあいだから目だけのぞかせた水売りがあらわれて、
「水ももたず、ラクダにものらずに、なぜ砂漠のなかを独りで歩いているのですか?」
とたずねてきました。
サム王様は、とても事情をはなすわけにはいかなかったので、
「じぶんにあたえられた運命のままに歩いているのです」
と、こたえました。
水売りは、
「するとわたしは、
あなたのその運命にみちびかれてここへやってきた。……ということになるのですか?」
と、返しました。
サム王様は、
「天の計らいごとをわたしに言いあてることなどできません。
しかし、あなたにひつようなこととして、天はこのことをあたえられたのだとおもいます」
と、答えました。
水売りは――、
「それではもうしあげます。
あなたさまの次にすすむべきばしょは」
と、その方角をゆびさして、
「あの岩山にあります」と言いました。
「なぜ……、
あなたにそんなことがわかるのですか?」
とたずねかえすと、
水売りは、
「それはあなたさまのいのちのながらえるためです」と、こたえました。
サム王様は、
『これはきっと神様のおみちびきにちがいない』とかんがえ、篤く礼を言って、多くの代金をわたして水と食料を求めました。
水売りは、
「あなたさまのいのちのながらえるために」
とふたたび言って、
一部の代金だけをうけとり、のこりはサム王様の手のなかにもどしました。
……と、そのとき水売りは、
サム王様の左手の小指に嵌められていた黄金の指輪を見ました。
サム王様は礼をいい、水売りの示した遠くの岩山を目指して歩きはじめました。
その場所は、
水売りから買ったもてるだけの水と食糧がつきて、もしそれいじょう遠かったら、たどりつけなかったであろう。
と思われるほどのところにありました。
サム王様はそこに岩穴を見つけて、転がりこむように暗がりのなかに身を横たえました。
すると、ふと柔らかななにかにふれて、
サム王様はおもわず手を引き、身を翻してみがまえました。
すると暗がりにあった黒い塊は、モゾリとうごくと、
「おまちしておりました」
と口にしました。
しだいになれてゆく視界のなかにあらわれたのは、
やはり、被りもののあいだから目だけのぞかせた、足のふじゆうな水売りでした。
水売りは、
「さだめられたときのあいだここにやすみ、人のおとずれをまっていたのです」
そう言って、
「あなたさまのつぎに進むべき方角のめじるしに、これをもっていきなされ」
と、袋の中から紙を一枚とりだして、サム王様の目のまえに展げました。
そこには、山のかたちと位置をしるした地図が画かれてありました。
水売りは、
「このめじるしを帰りにつかうと禍をよぶので、目的のばしょにたどりついたら、かならず棄てるように」
といって、地図をわたしました。
サム王様は、地図をうけとると、
懐のなかから金貨を一枚とりだして、水と食料をもとめました。
水売りは金貨をうけとると、
腰にさげた袋の中から釣り銭をとりだして、王様の手のなかにもどしました。
そして、もてるだけの水と食料を手渡して、
「あなたさまのいのちのながらえるために」
と、先の水売りとおなじことばをのこして、
どこからともなくあらわれたラクダの引く籠にのり、
またどこかへと、
姿をかくして見えなくなりました。
サム王様は、そこで一晩をすごし、
つぎの日の朝早くには穴をでて、
地図にしるされた岩山めざしてあゆみを進めてゆきました。
と、このようなことがその後もつづき――、
『それにしても、
死に直面する状況になってこうもたびたび命を救われるのは、
これは奇跡や偶然というのではなくて、
きっとわたしが、天にみちびかれていて、
この砂漠の向こうに、
わたしの行くべき場所が用意されている!
と……、そういうことではないのか?』
と、そのようなことを考えはじめ、
それがしだいに確信へとつながってゆきました。
こうしてふしぎなちからに守られ、焼けつく砂の大地をくる日もくる日も歩くうちに、
サム王様のこころにあった燃えるような怒りは、徐徐に、
ちがうかたちへと変化をなしてゆきました。
『息子よ国民よ!
そなたたちは、
自らの行いによって、かならずや地獄の苦しみをあじわうことになるであろう。
そして、そのくるしみを、
わたしや、王子や、世の中の所為にして、
みずからのおこないを省みることもせずに、人を怨み、世の中を恨んで、
絶望と敗北感に苛まれながらさびしくこの世を去ってゆくのであろう。
――しかしわたしはそんなことはさせぬ!
この世に生まれ来たその理由を識ることもなく、
――生きている、
その奇跡にふれることもできずにこの世を去るなど、
そんなことを、
わたしの国に蔓延させたりはしない!
わたしはそうなるまえにかならず還り来て、
あなたがたのまえにふたたび立ち、
わたしの示したかった、
あの〝狐箱〟の正体を明らかにして示す!
そのときにあなたがたが目覚める――!
と、わたしは信じる。
それまで死んでなるものか。
きっと、きっと――!』
サム王様のこころをかたくなにしていた思いは、砂漠の熱にやかれて灰となり、
そこに、あらたな芽生えがはじまったかのようでした。
こうして、
砂漠の中を二年半ものあいだ歩きつづけ、
抜けでたとき、サム王様は五二歳になっておりました。
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