<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第37話
生還 -1
ところが、サムラダッタ王国に到着したはずが、
「ここは、……なんという国ですか?」
と道行く人に訊ねるほど、その状況は一変しておりました。
当時、道などなかったところに道がつくられ、さらにその上を、
馬の引かぬ車や二輪車がけたたましい爆音とともに猛スピードで駆けぬけ、
みどり豊かだった山々や森はなつかしい面影もろとも切り崩されて、
近代的な建物の建ち並ぶそこに、
昔の景色のかさなる場所などどこにもありませんでした。
馬の引かぬ車の駆け抜けるその下を、
ラクダを列ねてゆっくりとすすむサムたち一行は、
まるで……、ちがう時間に迷いこんだ流離人のようでした。
村を通りぬけ町へ入っても、そこに王様がいることに気づく者はなく、
子どもたちなどは、
車や建物の窓を開け、
あるいは通りから手をふって、
サムたち一行に大喜びしました。
サムは、まるで異邦人にでもなったようなこころもちで、
通りの景色をみおくりながら、
変わりはててしまったであろう城のすがたをそこに重ねました。
こうして、いよいよ城の門前へとやってきた一行でした。
サムは、
……ラクダのあゆみを門のほうへとみちびきながら、
ひとり、濠の大橋へとすすみ、
城壁越しに見えてきた城を見上げて……、
安堵の吐息をもらしました。
そこには、昔とすこしも変わらぬ城のすがたがあって、
ラクダの蹄が橋板を踏みだすと、
蹄の音にあわせるように、つぎからつぎへとなつかしい面影が浮かびあがり、
サムは、逸るきもちを抑えきれずに、おもわず……、
門番のほうに手を上げ、首を長くして振っておりました。
七人の男たちは、白亜の城のその大きさと美しさに驚嘆の声をあげながら、
ただきょろきょろと、あたりを見まわすほうがいそがしくて、
サムと番兵のやりとりなど見てはおりませんでした。
若い番兵は訝しげな顔をつくってやってくると、
ラクダにまたがるサムを見上げて、
「なんの用だ!
ここはおまえたちの来るところではない。
さっさと立ち去りなさい。」と、
見かけぬ風がわりな行商人とおもい、通門証を求めることもしませんでした。
「わたしです」とサムが返すと、
若い番兵は、
つまさきから頭のかぶりものまでを舐めあげるように見て、
鋭い眼光をむけてサムを睨みつけました。
目のあった番兵に、
サムは、にっこりと笑いかえしてやりました。
それを、からかわれたとみた若い番兵は、
一歩下がると――、
「さっさと立ち去れ。さもないと、痛い目を見せるぞ!」
と、持っていた長い警棒をふり回して、サムの靴を打ちました。
ちょうどその様子が目に入ったヨーマは、
ラクダを飛び下りると跳んで来て、
若い門番の胸ぐらをつかんで、
「キングになにをする!――」
ともち上げ、
そのままうしろへ放り投げました。
すると、それを見た門番たちが、腰の剣に手をかけ、笛を吹き鳴らしながら駆けてきて――、
若い番兵は、近づく笛の音に勢いづいたか、寝ころんだ足の裏を天にむけ、腰のバネを利かせてはね起きると、
剣を抜き――、ヨーマにむけて身構えました。
サムは、
「まってください!」
と、ラクダを下りて、
若者の前に立ち、
「ゆるしてください。わたしの過ちでした」
と、若い番兵に頭を下げました。
そこへ駆けつけたのが門番長で、
門番長は、かつて、サムとハン王子との葛藤の最中に、ハン王子の側に身をよせたひとりでした。
が……しかし、
サムが城を出たあと時が経つうちに、
それが後悔という凝りになって、
門番長のこころを苦しめつづけておりました。
門番長の孫は――、
四六時中〝マギラ〟弄りをやめない親を真似て、家族の食事のときにも、
〝マギラ〟弄りがやめられなくなってしまいました。
ところが、親たちは、それを叱るどころか構いもしないので、
門番長は、孫の手から〝マギラ〟をとり上げて、
「食事のさいちゅうに〝マギラ〟はいじるな!」
と叱りつけました。
すると孫は、
「パパやママだけよくてどうしてボクだけがだめなのさ!」
とへそをまげ、
部屋に閉じこもり、
学童塾に行かなくなるわ、親からは逆に、よけいな口出しをするからだ!
と叱られるしまつで――、
門番長は、
〝マギラ〟によって奪われてしまった家族の団欒と、
かわいい孫が……、
目の前であやまった道に逸れていながら、
それを止められない苛立ちと口惜しさとで、
眠れない毎日を送っておりました。
そして城の中には、おなじような思いをかかえる者たちが他に何人もおりました。
門番長は、
痩せこけ、老いてはいても、
忘れることのできないその面影とその声に、
「おかえりなさいませぇッー!」
と、大きな声を張りあげ、
ひざまずいて……、直ぐに立ちあがり、
白手袋のゆびさきをピンとそろえて――、
「ラッパを吹け! 門をひらけ! 陛下のご生還である――!」と、
高らかに号令をかけました。
城のなかに主のかえりをしらせる祝福のファンファーレが鳴りわたり、
サムが城を出たあと、鎖されたままになっていた城の門が、ゆっくりと開かれてゆきました。
門のむこうには、美しく整えられた緑の芝生がひろがり、
その周りを、色とりどりに華やぐ花たちが時をそろえたように咲き競っておりました。
ヨーマと男たちは、
扉の先にひろがる美しい景色に……、
剣を抜いた若い番兵は、
颯爽と歩きだしたサムの後ろすがたに――、
口を開いたまま、動くことができませんでした。
七人の男たちは慌ててサムの後ろにつづき……、
城門の下を、左手に手綱を、右手で自分の頬を抓りながら潜りぬけました。
……それを、
若い番兵は、開いた口を閉じれないまま、見送りました。
男たちは、緑の芝を踏んだところで履いていた靴を脱ぐと、
そこはまるで雲の上を歩いているような不思議な感触で、
男たちのこころをこの上なくもてなしてくれました。
城の出入り口からは、家臣たちが一斉に駆けてきて、サムたち一行をとりかこみ、
広場はたちまち大騒ぎになりました。
「陛下、お還りなさいませ!」
「よくぞ、よくぞご無事で」
「陛下!」
「陛下!」家臣たちはサムの生還を口々に称えました。
そのとき……、
「おじいさま!」
サムは、記憶のなかから立ちあがる、
声がわりした主のすがたをそこに重ねて、
「おー、その声はナジム!」
と、声のほうへふり返ると、
飛びだしてきた青年は、
サムの足もとにひざまずき、
顔を上げて――、
「お祖父ちゃま!」と、
その首もとにとびつき、
たがいは固くかたく抱きあいました。
とりかこんでいた家臣も、
ラクダの手綱を持つ男たちも、
二人のすがたが見えなくなるまで、目頭を熱くしました。
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