<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第三章/銅鏡の秘密‐ 第62話
放火 -1
それは――、突然の出来事でした。
不夜城と化した街の中心部から火の手が上がり、国の繁栄の象徴ともいうべき建物が、あれよあれよというまに黒煙のなかに呑みこまれてゆきました。
この建物こそが〝マギラ〟の本拠地であり、当時、最上階の広間には大勢の人びとがつどい、祝いの宴がもよおされ、ゼムラは主催者としてその席に臨んでおりました。
建物の入り口付近で出火した炎はおりからの乾いた風にあおられながら、
煌びやかな祝いの花輪や飾りにつぎつぎに燃え広がると、
たちまち凄まじい勢いの炎となって立ち上がり、ふだん燃えることのないガラス質の材料や金属部分までも呑みこんで、
まるで火を吐く黒い龍のごとく、
建物の最上階めがけてかけ昇ってゆきました。
その騒ぎはまもなくサムのもとにもとどけられ、
報せをうけたサムの脳裏に、
あの……、高い塔に爆弾をかかえて飛びこむ若者たちのすがたが甦りました。
『しまったッ!
またも、おなじ過ちをくりかえすのか!』
サムがその知らせを受けたのは、村人が寝静まった深夜のことでした。
――そのころ、
暗闇をひき裂く硬い靴底を響かせて、
村へと近づく一団がありました。
それは、鎧に身を包むゼムラ党の軍隊でした。
武装した軍団は闇のなかを突きすすみ村の前までやってくると、
用意した巨大な照明を据えて、村に向けて一斉照射をはじめました。
闇のなかに、村の佇まいが浮かびあがり、
ついで耳を劈く高音で、巨大な拡声器が唸りをあげました。
「あ、あ――。
サムもと陛下と、ナジムもと殿下に告ぐ!
サムもと陛下とナジムもと殿下はただちに出頭しなさい。
したがわぬ場合はこの村を焼き払う!
くりかえす――、」
寝耳に水をそそがれたようなとつぜんの襲来に、
村人たちは跳ね起きると、
手に手に棒をもち表に飛びだして、
剣の柄に手をかけ、今にも斬りかかろうと身がまえる武装軍団のまえに出て立ちはだかりました。
武装軍団は――、
「邪魔立てするものに容赦はない!」と、
剣をぬくや村人めがけて斬りかかりました。
しかし村人たちは、日ごろから武術の鍛錬に勤しむ人たちで、
鍛えぬかれたその技で、
剣を打ち払い、鎧の隙間を突きました。
そのみごとな腕前に、ゼムラの軍隊はみるみる後退りをはじめ――、
「退けッ!」と、
とつぜん、後ろむきに退却をはじめた軍団を追って村人がまえにでた瞬間、
「撃てッ――!」と、
かけごえとともに放たれた火花と炸裂音が、
しゃがみこんだ軍団の背中をかすめて村人めがけて襲いかかりました。
先頭を走っていた村人たちがぱたぱたと前のめりにたおれ、
「つぎ、撃て!」
と声がかかると、
武装軍団の照らす灯りのなかに逃げまどう村人たちが、つぎつぎにころがり、うごかなくなりました。
軍団は、倒れた村人の背中を踏みつけにして村のなかへ突入すると、
人びとのあいだからサムとナジムがすがたをあらわし、
――サムは、両手を広げて、
「わたしだ! わたしを撃て!」と、眉間に皺を立てて叫びました。
すると、押し止められた軍団のなかから一人の男があらわれ、サムの前にすすみ出て――、
「わたしは、あらたな国家の下、軍団長に命ぜられたガジ将軍である。
サムもと陛下、ならびにナジムもと殿下に告ぐ。
あなた方ふたりを、
タワー・オブ・ザ・ドリーム放火事件の主謀者として連行する!」
男がそう言うと、列のなかから四人の男が前に出て、サムとナジムのうしろへまわり、その手を取って縛りあげました。
村の女の口から悲鳴があがり、男たちは叫びました。
「サム王様とナジム様がいったいなにをしたというのだ!
おまえたちは、自分がなにをしているのか、わかってやっているのか!」
罵声があびせられると、武装軍団の銃口が村人の方にむけられました。
「――もう、やめなさい!
あなたがたは、以前はおなじ仲間ではなかったのですか!
しかも、罪もない人たちをなぜ撃つのです!」
そのことばに、ガジ将軍と名乗る男は、
「あなた方は、もはやおなじ国民などではない!
われわれは、あらたな国家として独立したのだ!」
そして村人を指さして、
「おまえたちは、切り棄てられたのだ!」と、はきすてるように言いました。
「なにをばかな!
こんな、卑劣きわまりない行為にうったえる国などを、世界のどこがみとめるものか!」
ナジムは叫びました。
するとガジ将軍は、ナジムを見すえ、
「これはこれは世間知らずのもと殿下。
……よくおききなさい。
これが、あらたな国の方針である!」
ガジ将軍は、胸を反らせると、
「今のこの、民主主義的かつ資本主義世界にあって、
人間のとうぜんの権利である、
――自由を、否定し、
国民の所有する仕事と財産を奪っておいて、
『滅びることのない命を守るために働け!』
などと誑かすのは、
世界を愚弄し、
国民を我が物にしようと企てる危険きわまりない思想なのである。
よって国民議会は、
この国をあらたな国名に改め、おまえたちを分けたのだ!
さぁー、これいじょうの問答は無用だ。
タワー・オブ・ザ・ドリーム放火の容疑で、
おまえたち二人を逮捕する。
これいじょう抵抗すれば、村全体に危害がおよぶと思え!」
そう言って、武装軍団は二人を囲んで連れ去りました。
村の集会場では、
「……いったい、どうする、」
行き場をうしなった不安が、集まった人びとの上にのしかかりました。
そのとき――、
さきほどの銃撃で重傷を負って横になっていたヨーマが、
からだを起こして、
「まさか……、オレたちのなかに、火を放った者がいるのか!
そいつを知っているんなら、正直に言ってくれ……!」
皆はたがいの顔を見あわせました。
しかし、だれもなにも応えませんでした。
「オレたちは、ここへきてからの十数年間、
いったいなにを学んできた!
オレたちの目指してきたものが、
ここで鎖されてもいいのか!
……オレたちは、
自分の中にこそ、
こわれることのないゆたかな世界が作れるってことを、
やっと理解しはじめたところではないのか!
……もし、オレたちのなかに、
欲しいものを力尽くで奪い取ろうと考える者がいるとしたら、
そいつは、裏切り者以外のなに者でもないぞ!
ほんとうに、居ないのか!」
ヨーマは、胸のあたりを押さえながら、力のかぎりに叫びました。
村人のなかには、そのことばに目を背ける者もおりました。
ヨーマはその男にむかって、
「おまえは、そいつを知っているんじゃないか!」と、指差しました。
しかし男には身におぼえのないことでした。
男は、俯けた顔をあげると、
「あなたは……、そのような人が、
ほんとうに、この中にいると、
ほんきで言っているのですか?
おふたりはいつも、なんと仰っていますか?
わたしたちは、街の人たちに戦いを挑んでいるのではありません。
戦う相手は、
〝マギラ〟に依存しようとする、
自分の中にあるその弱い心ではありませんか。
問うべきは自分にあるのに――、
なぜわれわれに、
そのようなことを問い詰めるのです!」
ヨーマはそのことばに、心臓を一突きにされました。
「……すまん。
つい、心にもないことを言ってしまった。
……赦してくれ」
ヨーマと村人たちは、交わすことばもなく、
銃に倒れたなかまを弔い、つぎの日の朝を迎えました。
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