<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第三章/銅鏡の秘密‐ 第65話
裁判 -3
サムは、ここまでのあいだ、かたるべきことばを失っておりました。
ここではどのようなことばも虚しく、かえって燃えさかる炎に油を注ぐだけで、
火はすぐにも村人めがけて襲いかかりそうでした。
サムは決断に迫られました。
「裁判長。判決を――」
ゼムラのことばで裁判長が判決文を展げると、場内は水を打ったようにしんとなりました。
そのときサムは顔をあげて、
「ゼムラ! 裏切りと者は、そなたのまわりに潜んでいるのではないのか!
なぜそのことを疑わぬ。
そなたはなぜ、自分の足もとは、見ようとしないのだ!」
声は、場内にこだましました。
サムはつづけました。
「見よ! われわれの無防備なすがたを。
われわれが、なぜそなたたちに危害を加えると考えるのだ。
われわれはただ、理想とする村をつくっているのだ。
けっして、そなたたちに危害はおよぼさぬ。
それは、未来においても然り。
――神に誓って約束する。
われわれがどのような生活を送っているかは、村のなかを見れば明らかなことである。
疑うならば、その目でたしかめよ。
――そして、
そなたたちが独立したいのならば、勝手にするがよい。
しかし――、村人の人権を奪おうなどと、そんなことは断じてゆるさぬ! それは、世界中、どのような国にあってもゆるされぬ、神仏に対する背信ではないか――!
そなたたちのように、寝しずまった村に押し入り、事実の有る無しも確かめずに、暴力をもって己の言い分を語らせることを、世界はテロと呼ぶのだ!
そなたたちのつくる国がいかにゆたかな生活を実現していようと、
そんなことが明らかになれば、
――世界を敵にまわすことになるのだ!
そして……ゼムラよ。
もし真実、わたしの先祖にそのような忌まわしい過去があるのならば、
わたしは、この身をもってその罰を享けよう!
しかし、
罪のない村人にこれいじょう危害を加えれば、
その罰は……、国全体を巻き込むことになるのだ!
――よく考えるのだゼムラ!」
サムのこの虚を衝く発言は、しばし、場内の熱気を押しとどめました。
しかしゼムラは、かたまった空気を切り裂くように、
「ファーーッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、はーっ!
わたしを殺そうと企てる者が、わたしのまわりにいる? ……だと。
んーな、馬鹿な!
サム……、
おまえのおつむは、そんなことも理解しないのか?
この国の繁栄はわたしが築いたのだ。
国民がその富を享受できるのも、
わたしが総統として国を治めているからにほかならない。
わたしを殺せば、手にした富まで失うのだ。――戯けが!
そうだ……サム。
冥土へ行くついでに、今ここで、おもしろいはなしを聴かせてやろう!」
そこまで言うと、サムを指差して、
「おぼえているかサム。
この国へまいもどってきたあの日、おまえがわたしに言ったことばを。
……そうよ、
おまえの息子に〝マギラ〟の種を植えつけたのは、このわたしだ。
ハンがまだ幼い時分、
『魔法のかけられた箱だから、お父さまに見せてはなりませぬ』と言ったら、
ハンはそのとおり、あの日、おまえに見つかるまでのあいだ、
わたしとの約束を守り通したのだ。
……おまえの息子は、おさないころから、
わたしの言うことを聞いて育ったのだ!――」
ゼムラのことばは、サムの心臓にナイフを突き刺し、ぐりぐりにして抉るようでした。
しかしサムは、そのことばの裏に、ゼムラの動揺を視ました。
「〝マギラ〟とは、人類の願いを実現するために、我が一族が心血を注ぎ込んでつくりあげた魂の傑作なのだ。
そんな、せっかく手に入れた宝物を、いったいだれが否定する?
〝マギラ〟を否定しようなどとそんな馬鹿げた考えを思いつく者が、おまえたちのほかにいるとでも思っているのか――!」
埒が明かないと判断したサムは、ここでひとつの決断に至りました。
「ゼムラよ――。
わたしは〝マギラ〟を否定するのではない。
〝マギラ〟の扱い方に警告を発しているのだ。
しかし……、こんなはなしをいくらしても、
そなたにはとどくまい。
――わかりました。ゼムラよ。正直にはなします!」
そのことばに、ナジムは顔を上げました。
「わたしは、
……罪を、犯しました」
そのことばにナジムは膝をおり、
「おじいさま! やめてください!
なぜ、なぜそのような、ありもしないことを仰るのです。
……なぜ、なぜ、何故!」
と、その足に縋りつきました。
サムは身を屈め、動揺するナジムを抱きかかえて、
「ナジム! おまえは生きるのだ!
生きて、おまえのなかから湧きおこることばのままにすすめ!
そのことを――、おまえ自身で証明して見せるのだ!
わたしはかならず……蘇る。
よいか、――ナジム!」
「おじいさま――!」
ナジムは、その瞳の奥にうったえる、ことばのありかを見つめました。
サムの自白とも思えることばは、場内に地響きのような怒号をまきおこし、ナジムにかけることばを掻き消してゆきました。
しかしことばは、少しのゆるぎもなく、ナジムのなかに充たされてゆきました。
「……サム。
やっと自分の罪の重さを悟ったか。
おまえたち先祖の遺した傷痕は消えぬ。
どのように時が過ぎ去ろうとも、
あらゆるかたちとなって、おまえたち一族の血を裁きつづけるのだ!
――サム。
そしてナジム。
十日後の大祭の日を、おまえたちの最期の日と定める。
――裁判長!」
ゼムラの催促に、裁判長は立ちあがり、ふたたび判決文を展げて読みあげようとしたそのとき――、
サムはふたたび立ちあがり、
「ゼムラよ! この身はそなたに委ねる。
……だが、ひとつだけ願いを聞いてほしい!」
それは、ゼムラにとって思いがけない申し出でした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?