<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第三章/銅鏡の秘密‐ 第64話
裁判 -2
「しかーも、このなかには、さきの大火災で家族を失い、癒えぬ痛みをかかえたまま、犯人処罰を心の支えにやってきた人びとが大勢いるのです。
――お集まりのみなさん!
ここに捕らえた二人の男こそが、
我が先祖を焼き殺し、一族離散に追いやった主謀者の子孫であり、
此度の大火災において、〝マギラ〟社会を牽引する各国代表多数を焼き殺した張本人なのである!
しかも我が一族が失ったのは、人の命や財産ばかりではない!
この二人のなかに流れる汚らわしい血は、
われわれの心の拠り所である……信仰を汚し、
踏みつけにして奪い去ったのだ!」
――サムはこのとき、ゼムラのことばに顔を上げました。
「サム! そしてナジム!
おまえたちの先祖によって心の拠り所を奪われた我が一族の痛みと苦しみとが……、
どれほどのものであったか!
本来ならば、おまえたち一族全員の血をもって償うべきところ、
しかーし、時代の流れに血はまじわり、薄められてしまった。
よって、現在おまえたちがおさめる村を、一族とみなして処罰する!」
場内にざわめきがおこり、外国人たちの顔色を奪ってゆきました。
「おあつまりのみなさん。
それは当然のことであろう。
村人は、サムとナジムという二人の主のもとに暮らしているのである。
これは、悪を根源にした一団なのであり、
他民族との交わりよって薄まった血縁よりは、関わりが濃い。
とみなして当然なのである!」
ゼムラのこの、自分の感情に引きよせてつくられるストーリーは、
固唾を呑んで見守る大勢の人びとの……心臓を、鷲掴みにして、
あたまから氷水を浴びせかけるがごときでした。
――時がながれ、人や棲む場所の外見は変化しても、
かわらないのは、人の血の中にあって見えない『感情』でした。
この……人のこころを支配する感情は、
記憶のあるなしにかかわらず、
そのなかに……時のできごとを刻んでもち運びました。
ゼムラもまた、そしてサムもナジムもまた、
生を享け、……そして、いままで感情に刻みつけたものをとおして世界を見ました。
――感情。
それは、血縁をも超えて人生を決定づける根源的要因であり、
『感情』こそは、
〝マギラ〟の力の源泉でした。
ゼムラは、一族の末裔たちを着席させると、場内を見まわして、
「しかーし、我が神は慈悲深く偉大である。
がゆえに、村人の命は取らぬ。
その代わりに……、
村人の労働を、我が一族がうけた苦しみの代償として差しだすのだ!」
しずまりかえった場内に、べつようの響めきがまきおこりました。
「サム、そしてナジム。
そのほうらの先祖によって負わされた魂の痛手。
決して……、この先も癒えることはない!
冥土へ行って先祖に会ったら、
おまえたち自身のことばで呪うがよい!
われわれ一族が受けた苦しみの代償、
――これからたっぷりと支払ってもらうぞ!」
ゼムラの目が、被りものの奥で、獲物を睨む蛇の目のようにひかり、
復讐の血の感情は、飛びかう怒号にえもいわれぬ興奮をおぼえながら、
火傷の傷跡に激痛をはしらせました。
「しかーも、おまえたち一族に我が神が屈することなど、
……そもそもありえなかったのだ。
見よ――! これがその証しである。」
ゼムラは懐のなかに手を入れ細身のペンを取りだすと、頭上高くに掲げて、
下ろされてゆくペン先から拡がりはじめた薄い膜状のものをスクリーンが捉えると……、
場内は息を呑み、それはすぐに歓声にかわりました。
「見よ――!
これが、我が一族にもたらされる、神の力である!」
それは、見たこともないスマートな形にまとめられた新型の〝マギラ〟でした。
ゼムラは、その装置のとくにすぐれた点をいくつか取りあげて、
他国の開発する〝マギラ〟よりも、一時代先にすすんだ革新的技術であることを熱弁しました。
そして――、
「このテクノロジーによって、
皆さんの生活は一生涯保証されることになるであろう。
――我が神の御業は、民の豊かさとなって証明されるのだ!」
ゼムラのことばは、場内に割れんばかりの拍手を巻きおこしました。
「しかーし」と、場内はしずまり、
「みなさん知ってのとおり、この二人と二人のひきいる集団は、
あろうことか、過去における政策と、此度の焼き討ちとの二度にわたって、
人間としてあるべきゆたかな生活を愚弄し、
さらには、皆さんの手の中からこれを奪い取ることを企て、
――実行したのだ!
つまりこれは、悪を根源にもつ民族の、われわれに対するテロ行為なのだ!」
「――そうだそうだ! 二人を赦すな。村人も捕らえろ!」
ゼムラは、左手を水平に挙げ、騒ぐ場内をしずめて、
「二人をこのまま生かしておけば、テロはふたたび繰りかえされて、
われわれの生活を地獄の底に引きずり落とすことになるであろう。
――皆さん!
今こそが、悪の根源を根絶やしにできるそのときなのだ。
この時をのがして、国の平安など有り得ない!
……さて、みなさん、二人をどうする?」
覆いの下の目が、鷲掴みにした心臓に牙を剥きました。
「このまま生かしておくのか――!」
そのことばに党員は立ち上がり、声をそろえて、
「死を!」
「死を、!」
「死を――!」
ゼムラは、党員の雄叫びを全身に浴びながら、裁判長を見下ろしました。
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