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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第30話 

決意 -1

 拷問の最中に死亡させたら、殺人罪になることは新米の捜査官も心得ていました。
 しかし、マギラ知能の管理する社会にあって、
『ルイが自白しない=自分の無能さ』と評価されれば、将来の出世は泡のごとくに消え去り、
……と、考えはじめた不安が、極端な恐れへと増幅されて、
新米のふるうむちから手加減の余地を奪い取ってしまいました。

 その様子をそばで見ていた定年まえの監察官は、
『この事故を逆手さかてにとれば、ルイのグループを弱体化できるうえに、自分の監督不行きとどきもまぬがれる』と考え、
新米の捜査官に、ルイが舌を噛んで自害じがいしたように見せるよう指示を与えました。

 新米の捜査官は、この上司の一言に胸をなでおろすと、一礼して、指示のとおりに従いました。

 この報告を受けて、コボル社会をひとつの集団と考えていた行政当局のトップは、
『ルイが息絶えたことに加えてサムまで失えば、コボルたちの怒りは、ふたたびテロ行為に走らないとも限らない……。
ここは、サムは生かしておいて、コボルたちの封じ込めにつかうとしよう』
と考えました。

 こうしてサムは、
意識のもどらないまま緊急医療施設へ運ばれてゆきました。

……そのころサムは、夢の中にいて、けわしい山のなかを独りでさまよい歩いておりました。

 サムの首にはなにかがぶら下がっていて、
それは、丸いかたちをしたてのひらにおさまるくらいの大きさで、
金属のような質感をもち、
手にとると、そこには、尻尾を絡めて丸く円をえがいてむきあう二匹の龍が浮きあがり……、
 一方の龍のには丸い珠が握られていて、
もう片方の龍の掌にはおなじような窪みがありました。

 さらに、龍のえがくえんの真ん中には、背中あわせになった人形ひとがたが浮かびあがり、
両手をひろげて、上から見おろす図になっておりました。

『これは……、
わたしがなくしたペンダントと、王妃のペンダントを一つに合わせたすがたではないか。

これは……いったい、
なにをあらわしているのだ?』

 なくした首飾りは、時代もわからぬ太古の遺跡から発掘された、「王と王妃が身につけていた」と伝わるものでした。

『もしかするとここには、
人間の歴史に秘められた、
なにか特別なできごとがしるされているのではあるまいか……』

 サムは、その二匹の龍にみちびかれるように山のいただきめざして登りはじめました。

 サムは森のなかの道なき道を、ただ上へ上へと、休むことなく登りつづけました。

 途中喉が渇くと、足は、水のあるほうへとサムをいざない、腹がへると、手は、岩陰にかくれたパンを見つけだしました。
……それはまるで、砂漠のなかの再現のようでした。

 サムは来る日も来る日も歩きつづけ、夜も眠らずに登りつづけました。

 そうしてやっと森をぬけたとき、
夜は……星を讃えてふかくふかくしずみ、
空は、満天の星を映してまたたいておりました。

 星があまりにも美しかったので、
サムはしばらくそこで休むことにしました。

 見上げる夜空は無数の星々に埋め尽くされて……、
サムは生まれていちどだって、こんな星空は見たことがありませんでした。

 しばらく見ていると、暗いはずの闇がどんどんどんどん明るくなって、
いつのまにかサムは、無数の星々であふれる光の世界につつみこまれておりました。

 しかし、目を落とすと、
……なぜか、自分の立つその足もとだけが暗い闇に沈み込んでいて、

――と、

とつぜん泪が溢れだし、
泪は……、流星にすがたをかえると、
寝台に横たわるサムの瞳を洗って、まぶたこぼれ落ちました。

『ああ……、
この夜空にある無数の星々は、
ずっとずっと太古の昔から、
こうして……、この星にあるすべてのいのちを照らし、見守りつづけてきたのであろうに、
……なのに、
どうしてわたしは、
そんなことにも気づかずに、
今日まで生きてこれたのだ――!

……人間はなぜ、
ほんとうに大切なことに気づかないままで、

生きてゆくことができるのだ!――』

 サムはそこに、宇宙の目を感じました。

 泪がれると、サムはふたたび歩きはじめました。
 そのとき……空に、朝のおとずれをしらせる光があらわれはじめて――

 白々しらじらと明るさをます天空に、水平線にそって虹があらわれ、虹は、空全体をつつみこむようにその色をめぐらすと、
星々は……、まるで宇宙の王を迎えるように、明るくなる光のなかにおごそかにすがたをかくしてゆきました。

 そのとき――、
明けゆく空に轟くファンファーレが鳴りわたり、
しだいに強くなる光のなかから、

ついに、そのすがたがあらわれた瞬間――、

天空を揺るがす大鐘おおがねが打ち鳴らされました。

『おおおー、ついに来たり! 時の主があらわれた‼ 』

サムは思わず叫びました。

 そのとき……、
息子ハンに対するいきどおりや、ハンと行動をともにした家臣たち、そして〝マギラ〟に興じる国民に抱いた……ときの、
それら、いやしくみにくうごめく影たちが、
胸もとにぶら下がる丸い金属に吸いこまれ、
輝く翼にすがたをかえて――、山の頂めがけて飛び去ってしまいました。

「まてっ! 待ってくれ!」

 サムは、
まるで自分のからだが千切ちぎられたような痛みにかられ、
山頂にかがやくその光を追いかけ、追いかけ……、

夢はそこでとぎれ、
現実の世界へとひきもどされてゆきました。

 意識のもどったサムをまちうけていたのは、あまりにもむごい現実でした。

 サムにむかって、定年まえの監察官は、
「おまえが夢にうなされているちょうどそのころ、女は――、
舌を噛み切って自害した」と告げました。

『な⁉
 なっ、
そんな……、
そんなはずがない!

それは、ぜったい!、
何かのまちがいだ‼』

 監察官は動揺するサムにむかって、
「女は、死ぬまえにおまえの名を口にしていた。
……これが女のもち物だ。
あとのものはすべてこちらで処分した」
と、ルイの首に下げられていた大きなペンダントを差し出しました。

 震える手にペンダントを受けとった瞬間、
『これは‼ 夢の中の――⁉』

……しかし、ペンダントの表にも裏にも、そのしるしとなるものはありませんでした。

 にぎりしめるペンダントはあまりにも重く、サムの心臓をしめつけました。

『ほんとうにそれが事実なら、
遺された者たちは?
 ルイが自害したと知れば、
彼らは、彼女らはどうなる!
 繫ぎ留めた糸の断ち切られてしまった彼等かれらは、
――いったいどこへ向かうのだ!』

 ペンダントに浮かぶ、
あの……、
つつみこむような笑顔のむこうに、
このことを知ってばらばらに引き離されてしまうであろう仲間たちのすがたが、
まるで手にとるように浮かびあがり、
すぐに……、
闇のなかに沈んで見えなくなりました。

 監察官の出てゆくのを待って、
サムは、ペンダントの蓋を開きました。

 そこには、ルイに似た女性の顔写真と、
その下に、見覚えのある若い男の写真が一枚差しはさまれてありました。

 サムは、
その男の写真を裏にかえし、そこに記された文字を見て、
……愕然がくぜんとなりました。

 ルイの葬儀は、当局の厳重な監視のもとしめやかに行われ、監視の目はその後も、グループの活動を厳しく制限しながら、グループを弱体化へと追いつめてゆきました。

 一方――、
ルイが亡くなった後、サムがまだ夢の中をさまよいあるいているそのころ、突如、一人の男があらわれて、

「我こそは、事件の真の首謀者である!」
と、名乗り出ました。

 男は、捜査当局に出頭すると、
「この国の腐った政治を変えるめに、
ながらくこの国に潜み、
時のおとずれをまって事に至ったのだ!」
――と、
暴挙に至った経緯けいい自供じきょうしてみせました。

 自供の内容を調査した結果、
多くの証拠が挙がり、当局はサムの無罪をみとめて、男に死刑を宣告しました。

 こうして釈放されたサムは、奇跡的な回復力でみるみる元気をとりもどしてゆきました。

 今や、個人の思いであったものは一国の王となり、
一時の猶予ゆうよも許されないほどサムのきもちをはやらせました。

『わたしはかつて、砂漠を歩きながら心に決したことを果たすために国へ還ろう。
――その時が訪れたのだ!』

サムは、自覚と使命感にその身をふるわせ……、
そして、

『己のなすべき仕事を終えたときには、かならずやまた、この地へもどり、
この地に骨をうずめよう。』
と、思いました。

 サムは、これまでいっしょにすごしたコボルの町のひとりひとりの顔を思いおこしながら、後ろ髪引かれる思いを断ち切って、自国へともどる決意をかためてゆきました。

 そして、

『すまない!――』、

コボルの仲間になにも言うことができないまま、
サムはふり返り、
ここで起こったさまざまのできごとに思いを馳せ、
祈るおもいで……、
コボルの町をあとにしました。

 ときはすでに、この国へやってきて十五年の月日を刻んでおりました。

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