<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第17話
戦士ルイ -3
「なんだい。いいんだよ――、
困っているときはおたがいさまなんだから。
それより、こっちのほうこそごめんよ。
夕べは、こたえにくいことばっかり訊いちゃったみたいで」
とルイは、
サムの横にきて並んで立つと、口もとに笑みをうかべて、窓の外にじっと目を遣りました。
そのときサムは、ルイのまわりにただよう空気に……、
砂漠のなかでやっと見つけた、オアシスのようなやすらかさをおぼえました。
そして……、
『王であったがために、人にたいしていちども頭を下げることをしらなかった自分の身の上とは、
……じつは、不幸なことであったのだ。
わたしは、地位も名誉も財産も、
そんなものが意味をなさない、
弱くてちいさな独りの人間という立場に立たされたことで、
わたしは……、
本来あるべきにんげんのすがたを、見つける手懸かりを得たのだ!』
――と、さわやかな感動にこころは洗われてゆきました。
それは……、あたらしいせかいの発見でした。
「でも……、たしかに、
あなたがそうなるのもむりのないことよね。
余所から来た人にしてみれば、わたしたちと奴らとの見分けがつかないのも、
当然といえば当然のことだろうからね。
それにしても……、まあぁ、髪も髭もぼうぼうのコボルのなかまだとおもってた人が、
まさか、砂漠のなかを独りで歩きとおした偉人だなんて!」
ルイはそう言って、サムの足の先から頭のてっぺんまで見て、両手をひろげて称讃の笑みをおくりました。
「でも、なんか事情があるんだろうね。気にさわったんだったらゆるして、」と言いながら、サムのせなかに触れて、
「ところであんた、身ぐるみ剥ぎとられちゃったのかい?」
とサムの顔をのぞきこみました。
まるで、とおくに離れていた父親にでもするように気遣うルイのことばに、
サムは、
「たすけていただいた、
そのことだけで……、
幸運だったのです」
と、絞りだすようにこたえました。
そして、
『彼女ならきっと、この国のことについて詳しく教えてくれるにちがいない。
……あの、高い塔のことや、轟音をたてて飛び去る大きな翼のこと。
なぜこんな砂漠にこんな都市ができたのか?
あの塔にどんな人が住んで、どのような生活を送っているのか?
なぜ貴女がコボルでいるのか?
そして、この国の繁栄とはやはり、
〝マギラ〟とかいう〝狐箱〟によってもたらされたものであるのか?
もしそうであるならば、かならずや、
〝狐箱〟の正体について、有益な手がかりが得られるにちがいない!』
そして――、
『痛みを享けたこのことは、
やはり、
天よりあたえられたチャンスであったのだ!』
と、こころのなかの確信をあらたにしました。
ルイは、昨夜から今朝にかけて、
サムのことばの端々にみてとれる身の上を思いながら、
そこに、自分の過去を重ねておりました。
ルイは、サムの右手を取り、からだを正面にむけると、その手を自分の左のほほに当てて……、じっとサムをみつめました。
その瞳は……、
『まるで澄みわたる星空のようだ!』
とサムは思いました。
ルイは、握っていた手をゆっくりともどすと、うしろ手に組んで、からだを返して寝台のほうへと向かい、
「あたしも、
過去につらいおもいをしたわ」
とからだを返して、
「あなたを襲ったやつら、すがたは同じでも、考えかたもやることもまるでちがうの。
……奴ら、自分たちのおもいどおりにならない境遇を世の中の所為にして、
その憂さをはらすために、だれかれかまわず噛みつきまわっている――、」
とふたたび寝台のほうへからだをもどして、
「自分のつくりだす不満でじぶんをみうしない、その空虚を、路地うらに身を潜め、牙をむきだし噛みつくことで満たそう。
……としか考えない。
でもあたしたちだって、一歩まちがえば、彼らとおなじ生きかたを選んでいたのかもしれない。
……いいえ、ここに暮らす人間は皆おなじ。
おなじ境遇を背負った似たものどうしなんだ――」
ルイは、寝台の手すりをつかんでふたたびからだを返すと、
「でもわたしたちは、
じぶんをとりもどすためにここに集まったの!」
と、キッパリ言いきってサムを見つめました。
「自分をとりもどす?……」
「ええ、そうよ。
街の生活で見失ってしまったにんげんのこころ。
それこそが、
ほんとうに必要なものだ。
――と気づいたの!」
その意志にみなぎることばは、
サムのなかにはじまっていた芽生えに、
太陽のごとく降り注ぎました。
『――そうか! そうだったのか!
わたしの探していた〝マギラ〟の毒を解くカギとは、そのことだったのだ!
わたしは、鍵は〝マギラ〟が握っているとばかり思いこんでいたが、
そうではない!
鍵は、自分の掌のなかにあったのだ――!
おおー、、』
それは、
眩い光に向かって、まぶたを開いてゆくがごとき体験でした。
『この女性はおそらく、
なにかの理由で、生きるのぞみを絶たれ、夢をうばわれ、絶望のふちにおいこまれながらも、
たいせつななにかを守るために、
人を恨み、世を恨もうとするこころの敵とたたかいながら、
じっと耐えつづけたにちがいない。
そうであったればこそ、
人を包みこむようなやすらかな空気が、
その身に養われていったのであろう。
そして、その安らかな空気に引きよせられるように、おなじ境遇にあった者たちがあつまりはじめ、
そのやすらかな空気の中で、
人びとのこころにあった呪縛が解かれ、
己を省みることができるようになっていった人たちが、
たがいを受け入れあうこころを培い、
やがて協力関係がはじまり、
……心と身体を鍛えあう、希望と信頼でつながりあう集団へと、かたちづくられていったのにちがいない。
もしそうであるならば、
それは、
わたしがこれから身につけなければならない――、
こころのちからであるのだ‼』
砂漠のなかを二年半ものあいだ彷徨あるいた末にたどりついた国で、
サムは、
進むべき道を示す、最初の人に出会いました。
『これが、運命のいたずらでなくてなんであろう! わたしに欠けていた人間としてあるべきこころの強さを、〝マギラ〟が支配する国で識ることになるとは……、なんたる皮肉であろう‼』
このときサムは、
人の世に隠れた秘事に……、
おもいを馳せました。
サムは、掌にのこるいたわりに……、
朝陽をうけてかがやく、
凜々しくひきしまったルイのすがたを重ね視ました。
そして、闘いすんだらきっとおとずれるであろう希望にみちた日の戦士のすがたを、
そのすんだひとみの奥に見るおもいがしました。
とどうじにそれは、これから自分がのぞむべき闘いの先に見るはずの、希望のすがたともかさなりました。
「……ところでおじさん。
あんた、オンボロに見えるわりには出がよさそうだけど……、しごとは?
それもはなせないことかい?」
そう訊かれ、
サムは、現実のなさけないすがたにひきもどされて、立っているのもままならず、おもわずふらふらと、寝台のほうへよろける足を運びました。
ルイはそれを見てすぐに駆けより、左の肩にサムの右腕をとりました。
「す、すみません……」
サムは、ルイの鍛えぬかれた肩にささえられながら、
しかし、なにも言うことができませんでした。
「ごめんよ。よっぽどの事情なんだね」
ルイは、寝台の手摺りにつかまったまま俯くサムに、腰をおろすよううながしました。
「ほんとうに、おはずかしいはなしなのです。
事情をはなせるときがきたら、
すべてのことをおはなしするとやくそくします。
ですから、それまでは、どうか、
なにもき、
き……、
オオッ!」
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