<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第46話
ナジムの回想 -7
「ナジム。
あなたはまもなく十五歳になります。
もう子どもではありません。
よくぞ――、ここまで成長してくれました」
ナジムには、母がなにを言わんとしているのかがわかりませんでした。
「ナジムよくおききなさい。
これからはなすことは、この国の存続にかかわる重大なことです。
それは、あなたのお祖父さまと、お父さまが、長年苦しみつづけた問題でもあります。
……わかりますね、」
それが、〝マギラ〟とゼムラであることをすぐに察したナジムは、
にわかにたまりだした唾を呑みこんで、
……深くうなずきました。
「この国は、あまりにも性急に〝マギラ〟を受け入てしまいました。
そのために人びとは、
〝マギラ〟のもたらす大量の情報に翻弄されて、
足もとにある……かけがえのないものが、
見えなくなってしまったのです。
〝マギラ〟のもたらす安易な考えは、
人びとから、
自らを高めるという、
人間の意義を見失わせてしまいました。
そのために、
親になるための子育てというかけがえのない時間が、
施設や教師に委ねられることになり、
子どもたちの身の安全は、他人まかせになっていったのです。
ナジム――、人間にとっての〝実り〟とは、
さまざまな困難にぶつかったときに、
……これに立ちむかい、
自らを高めるときにはじめてもたらされるのです。
しかし人びとは、
〝マギラ〟によって……とり除いた、かに見える困難を、
ほんとうになくなったもののように信じて、
かけがえのない時間を、
実りをむすぶことのできない〝マギラ〟のためにつかいつづけているのです。
そのために街のすがたは、あなたが見たように……、
かけがえのない時間によってもたらされる〝実り〟を受け取るべき子どもたちと、
その宝物を、手渡すべき老人たちとの……、つながりの断ち切られたすがたになってしまったのです。
ナジム、この国はもはや毀れようとしています。
いいえ、すでに毀れはじめているのです。
しかし……、あなたが街で見たものとは、多くの人びとの犠牲の上に築かれた虚構の姿にすぎません。
ナジム!
この国のほんとうのすがたが見たければ――、街の外へ行きなさい。
あなたが視るべき人たちの、ほんとうの生活がそこにあります‼」
サラは、ナジムの両手をとって正面にむかせると、
「ナジム!
あなた自身によって、
その疑問の投げられる今日というこの日を、
私も、お祖母さまも、
どれほどのおもいで待ち望んだことか。
街の生活と〝マギラ〟からあなたを遠ざけたのも、
すべてはこの日のため。
――ナジム!
今日よりあなたは、一国の主としての自覚を、
あなた自身のなかにしっかりと築き上げてゆかなければなりません!」
母のそのことばの気迫に、ナジムは畏れを抱きました。
「あまりに突然のことですか――」
母の目は真剣でした。
その日をさかいに、母は厳しい人になりました。
ナジムにとって……それは、いままで避けてきた問題であり、正面からむきあったことのない一大事件でありました。
ナジムは自分に課せられた責務に苦しみ、なんどもそこから逃げだしてしまいたいと思いました。
でもそんなとき、お祖父ちゃまの面影が枕元にあらわれて、
ナジムがまだ小さかったころにはなしてくれた……あの物語を、
語りはじめてくれるのでした。
物語はきまって旅のお噺でした。
旅の途中にはいろいろなできごとが待ちかまえていて、
旅人に無理難題をぶつけてきます。
それはいつも、乗り越えることが困難に思えるつらくて苦しいことばかりでしたが、
しかし、そこで怖じ気づき引き返そうとすれば、
さらにむずかしい問題がやってきて、
逃げても逃げても、どこまでも旅人を追いかけてくるのでした。
旅人はもちろん、それを避けて通る道のあることも知ってはいましたが、
しかしそれを避けてしまえば、旅の目的まで失う。――と、わかっていたので、
旅人は、
『逃げられないのだから、いっそのこと、待つことにしよう!』
――と、こころを決めます。
旅人は、つぎに訪れるであろう困難にそなえ、
苦手なできごともチャンスととらえて、
じっと耐えて、
こころとからだを鍛錬してゆきました。
そして、困難のおとずれたそのとき、
……旅人は、困難のくりだす難題を積みあげた努力のひとつひとつで応えてみせます。
すると困難は……、
固くむすばれた結び目を解くように、
見たこともない美しいすがたに変身してゆくのでした。
……じつは、困難は、神様が旅人のために用意された宝箱だったのです。
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