<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第三章/銅鏡の秘密‐ 第67話
ナジムの企て -1
その日――、
夕暮れ近づく街なかを、ながい影を曳きながら、武装した男たちに引かれてあるくナジムのすがたがありました。
沿道にあつまった人びとは、うしろ手に縛られ項垂れたナジムに近づくと、悪態をつき、つばを吐きつけ、小石を拾ってなげつけました。
陽が落ちると――空は、
それを痛むように、辺りの景色を……、
傷から滲む血の色に染めてゆきました。
やがて一行は、夜の帳に浮かぶ村の入り口までやってきて、
「行け! そして、法の裁きを村人につたえるのだ!」
ガジ将軍は、もっていた縄を解きました。
月明かりに浮かんだ一本道を、
ナジムの足は、
ヨロヨロヨロヨロと辿りました。
と、そのとき、数人の影がナジムに近づき、
影と影はたがいに寄りそいながら、
暗い夜道を、村の灯りのほうへと帰ってゆきました。
村人は、
影のなかからあらわれた人影をたしかめようと、顔のちかくに掌を翳して、
「おうじ? 王子? おお……、」
「オイ、みんな!
ナジムさまがかえってみえたぞ!」
たがいの声をたしかめあいながらナジムをとりかこむと、
「よくぞ。よくぞ、ごぶじで……」
と、その姿に泪しました。
夜遅くまでねむれないでいた子供などは、
ナジムに抱きつき、からだを引きつらせて泣きました。
しかしだれも、サムのことを口にする者はおりませんでした。
村人たちは、ナジムを抱きかかえるように集会場に入ると、やわらかな敷物を敷いて、その上にナジムをよこたえました。
しかしナジムはすぐに起きあがり、
村人は、ナジムを取りかこんでその場に腰をおろしました。
そこへ……、
「ナメック――」
と、年若い娘がナジムのそばにやってきて、
ひざ立ちになり、濡れたタオルを絞って傷の手当をはじめました。
だれもが息をひそめ、手当の音に耳をそばだてました。
だれもが……、
ナジムのことばを待ちました。
手当てがすんで、顔をあげたナジムの色白の肌からはさらに血の気が奪われて、十数日前のおなじ人とは思われませんでした。
ナジムはしずかに口をひらきました。
「……王が、すべての罪を負われました」
一時の沈黙があり、忍び泣く声が、ナジムを囲む人びとのあいだにもれました。
そのとき一人の男が立ち上がり――、
「そんなこたぁー、ゆるさねぇー!
オレが、ぜったいに許さねぇー。
俺が行く――!
俺がキングの身代わりになる!」
それは、深傷が癒えずに横になっていたヨーマでした。
ヨーマは形相をかえて駆けだすと、
「ヨーマ! まって! ――待ってください!」
ナジムがヨーマに飛びつき、その足にしがみつきました。
「いま、あなたが行ったら、それこそゼムラの思う壺なのです!
これには、村のみんなの命がかかっているのです!」
そう聴いたまわりの者たちは、ナジムを引き摺るヨーマに飛びつき、
団子のように重なりあってヨーマの勢いを押し止めました。
傷を負っていたヨーマはさすがに動けなくなり、
その場に尻もちをつき、肩をゆらして、
行き場をうしなった思いをくやし泪でこらえました。
「ここでだれかが動けば、それこそ、ゼムラの仕掛けた罠に堕ちることになるのです。
ゼムラは、村のだれかが出てくるのをまって、それを理由に、村に踏み込もうと考えているのです」
ナジムは、これ以上一人の犠牲者もださずにサムを救出し、しかも村人が、
今まで以上の強い団結力でゼムラ政権に立ち向かってゆくには、
どのようなはなしをして、どのようにまとめてゆけばよいのかを、ずっと考えつづけておりました。
そこでナジムは、村人への裁きは伏せて、十日後の大祭の日に刑が執行される判決が下されたこと。
そして、サムの救出と、
ゼムラ政権に対抗すべく考えつづけてきた計画についてはなしはじめました。
「……わたしは、
〝マギラ〟の正体を考えるうちに、
ゼムラの造りあげる独裁国家が何であるのかに行き当たりました。
そもそも、人の心を虜にして止まない〝マギラ〟の作りだす世界とは、
寄せても重ねても積みあげても……くずれ去る、
泡沫の創造だけがくりかえされていて、
それが渇きとなって、万人の欲望をかりたてるのです。
ゼムラはそこにつけ込んで扇動しているだけで、
じつは――、
〝マギラ〟の支配する世界とは、ゼムラなくともだれもが独裁者になれる。
……そのようなものでしかなく、
ゼムラ自身、そのことを識って怖れている。
だからこそ――、
あのような裁判をひらいて、自分の力を世界にむけて誇示する必要があったのです」
村人は、ナジムの口もとを見つめて固唾を呑みました。
「そして……もし、
この事件によって利益を得る人間がいるとすれば、
それは、ゼムラ政権のその足もとの脆さを識っていて、転覆の機会を狙っていた。
しかも、世界中から招かれた重要人物のつどう警戒厳重な会場にいて、
疑われることのない人物であった。
……ということ。
この二つのことを考えあわせて第一にうかぶのは、
それは、つねにゼムラに近づくことの許されていたにんげん……、」
ナジムはそこまで言ってことばを切ると、
村人の相槌を確かめて、つづくはなしへと進めました。
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