<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第16話
戦士ルイ -2
窓際に来てカーテンを開いてみると――、
夕暮れのなか、担架にゆられながら見あげたあの夜空を焦がして幾重にも重りあう妖しい光が、高い塔の街全体を覆っていて、
まるで……宇宙からの光を遮っているかのようでした。
「こんな世界が……、ほんとうにあったとは、」つぶやいたとき、
とつぜん襲ってきた睡魔に、よろける足を寝台まで運んでそのまま倒れこみ、サムは、ころがるように深い眠りのなかへおちてゆきました。
つぎの日――、
サムは窓から差しこむ朝日を顔に享けて目を覚ましました。
すると、昨夜飲んだスープのせいか、深い眠りによってもたらされた目覚めは、
鉛のように重たかった身体から錘をとり去り、
まるで羽根を得たかのような爽快感でした。
まだ、痛みののこる身体を起こして歩いてみると、
足のうらには夕べ気づかなかった床の堅さも感じられ、
昨夜見た景色をおもいうかべながら窓際のほうへ近づいてみると……、
そこでサムは、眼前の光景に息を呑みました。
サムのいる建物の向こうにはまたちがった趣の建物が建ちならび、
あちらこちらが崩れ、傾き、廃墟と化した……、重なりあい織りなす影が、
まるで朝日をまちわびて踞る生きものの群れのようでした。
そしてそのむこうに――、光を遮る、鋭く聳え立つ硬質なシルエットが並び建ち、
その二つの光景が――まるで、一つの時間を切り裂くように対峙しておりました。
サムにとって、廃墟の建物には身近なものも感じられましたが、天を突く建物のそこに、いったいどんな人が住み、どのような生活を送っているのか、その暮らしのようすを思いうかべることすらできませんでした。
息ぐるしさをかんじて部屋のなかに目をもどすと、夕べ空にしたカップを置いた棚の中ほどに、黒くて小さな置物が置いてあるのが目にとまりました。
足をひきずりながら近づいてみると、それは掌に収まるほどの大きさで、
〝マギラ〟をおもわせる黒い光沢に覆われていて、
おそるおそる手にとると、大きさのわりに重さのある金属のような質感で、
胴体には四つの穴があり、穴にはレンズのようなものが嵌めこまれてありました。
サムは穴を見た瞬間、その見えない暗がりのむこうに、
人のこころを惑わし虜にする、
目のような、
意思のような、不気味な気配を感じ、
そこに〝マギラ〟に熱中する国の人びとのすがたを重ねて、
『もしここが城の中であったら、
置物を床にたたきつけ、
粉々になるまで踏みつけにしただろう、』と思いました。
がしかし、〝マギラ〟のことを知ろう!
と決意したそのときから、
押さえこんでいた思いは好奇心にあふれる火種と化し、
燃えあがる相手を求めてうごきだしておりました。
……しかし、のぞいた穴のなかには期待したなにごともおこりませんでした。
『きっと、動作のための仕掛けがあるにちがいない』
おもいなおして、あちらこちらを弄りまわしていると、
とつぜん、胴体が光りだし、
『おーっ、と、と――っ!』
サムは思わず手をすべらせ、置物を、
堅い床の上に落としそうになりました。
「ふー……っ、ほんとうに壊すとこだった、」
と、とり乱した息をととのえなおして穴のなかに目をもどすと、
そこに、素早く動きまわるぼやけた像があらわれて、
サムはすぐに、それがなんであるかを察しました。
「……これは遠眼鏡?」
それは、過去に、
交易をもとめる国より贈られた望遠鏡とよばれるものをのぞいたときにそっくりでした。
サムはからだの痛みもどこへやら、
寝台から尻を上げて急いで窓際までやってくると、のぞき穴にまぶたを押しあて手もとの回転部を弄り回しながら、映しだされる景色に目を凝らしました。
すると、ぼんやりした明かりのなかから……突如、おどろくほどに克明な像があらわれて眼前に迫りきたために、
サムはおもわず
「おおー」
とのけぞり、一歩二歩とあとずさりしました。
……それは、
そのときとは比べものにならないほど鮮やかに映しだされた虹色に光り輝く高い塔の外壁でした。
「な、なんだこれは!」
サムは、手のなかにある小さな置物から繰りだされる奇跡の魔術に驚嘆の声をあげながら、
さらなる奇跡をもとめて、穴のなかへ、のめるように見入りました。
そうしてまず飛びこんできたのが、建物のあいだを埋めつくす、
さまざまな色に彩られた馬の引かない車の群れでした。
車は、赤や青や紫……それにピンクや黄色や緑へと、つぎつぎにうつり変わる光の明滅にあわせて、
すこし動いては止まり、またすこし動いては停まり、をくりかえしておりました。
『あれでは……、歩いてゆくほうが早いではないか?』
サムはふしぎに思いました。
いっぽう、道行く人はまばらで、歩く速度は速く、だれもが似たような服を着ておなじかっこうにみえました。
着ている服に目をこらすと、服は、まわりの景色に同調するかのように、光の当たる場所では黄色を帯びた明るい色調にかがやき、日陰に入ると、グレーがかった暗く沈んだ青色に見えました。
と、突然――、
「ええェーっ !!」
と発した奇声の先に、蠢く無数の人間があらわれました。
人びとは、逆光のせいで見えにくくなっていただけで、実際はおもった方向に曲がることもできないほどに犇めきあい、にもかかわらず、尋常でない速さで移動しておりました。
「なんという人の数だ!
あれだけの人間がどうして、ぶつかることもなく、しかも方方へ、あんなにはやく移動できるのだ!
……そうか、人間もきっと、あの光に誘導されているにちがいない」
「……ええ、そのとおりよ。
すべて、〝マギラ〟によって管理されているわ」
聴きおぼえのある声にふりかえると、軽い装いに身を包んだルイが、寝台にもたれて、笑みをたたえてこちらを見つめておりました。
その佇まいは、昨日の精悍な姿とはちがい、
それは……まるで、
朝日を享けてほころぶ花のつぼみを……そこに見ているような……驚きでした。
「からだの調子はよさそうね。よかった、」
弾むその声のひびきは、季節のかわりめに吹くさわやかな風のようでした。
サムは、そんなルイに眩しささえおぼえて、外の景色に目を逸らしました。
「……夕べは、気が動転していて、ちゃんとした礼も言えず、ほんとうになさけなく、もうしわけなく思っています」
サムはルイのほうに振りかえり、
「あらためて、こころより礼をもうします」
――城を出て、
独り砂漠のなかをさまよいながら、王であることのその足もとの脆さを思いしらされ……、
遙かとおくの国にやってきては、
〝マギラ〟との闘いに臨むはずが、一転、命の儚さをおもいしらされたことで、
あらためて、
いまここにある、いのちの奇跡に思いは至り、
ルイの好意にたいして、ふかく頭を垂れておりました。
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