<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第22話
キマ -2
そして……、
母親の足どりをたしかめながら、
『母親は、きっともう大丈夫!』
と思いました。
『子どもとの別れを受け入れるために、
ここまで歩いてこれたのだから』
――と。
歩きつづけ、開けた場所までやってくると、サムは足どりのたしかになった母親に子をあずけ、瓦礫のなかで拾った先の尖った鉄の棒を地面に突き刺して、腰を据えて、足もとの大地を掘りおこしはじめました。
母親は、大地を掘りすすめるサムのうしろすがたをみつめながら、はじめて、腐敗してゆく我が子のにおいに気がつきました。
そして――、
『この子のからだは、その世界にかえしてあげよう。
そうなることをのぞんでいるのだから……』
と、思いました。
サムが掘るのをやめてからだを脇によけると、
母親は、大地にひざまずき、
……捧げものをおくように、
わが子のからだを穴の底によこたえました。
サムは、
積みあげた土の中から石をとりのぞき、
母親のひざもとへ寄せてやりました。
母親は、
子の、その小さな掌を小さなむねの上にかさねて、
両手で土を掬って……、かけました。
サムは、それをみて、まわりのほうから土をもどしてゆきました。
土をかけおえると、母親は、天を仰ぎ、両手をむなもとに組んでかたく目をとじて……、
祈りのことばを唱えはじめました。
サムはひざまずき、
祈りのことばに掌をあわせてしずかに目を閉じました。
祈りがやむと、
サムは立ちあがり、
近くにおちていた先の尖った鉄屑と板を拾いあげて、
「この子の名は?」と、
子の名を刻んであげようとおもいたずねました。
すると母親は、
「……サムです、」
母親の口から、はじめて出たそのことばは――、
これまで歩いた時間も出来事も一気に呑みこむと、時空をこえてつながる一本の道を、……サムの眼前に示しました。
……この子は、
ここに来るまでのもうひとりのわたしだったのだ‼
サムは、母親をみつめ、
「じつは――、わたしは、サムなのです」
……と、
サムを見上げる母親の目にみるみる泪があふれだし、
両の掌で顔をおおい、うつぶせに伏せて泣きくずれました。
サムはひざまずき、母親の両手を握りしめて、
「これからは、この子と、この老いぼれの分まで、
しっかり生きてゆくと約束してください。
だいじょうぶ!
いまのあなたなら――、きっと!」
と、にぎりしめた掌に力をこめました。
母親はひとしきり泣きおえると、腫れたまぶたの顔をおこしてちいさくうなずき、その口もとにはじめて笑みをつくりました。
「あなたの名は?」たずねると、
「はい。……キマです」と、虫の鳴くような声でこたえました。
「キマ――」
サムは、痩せ細ったキマのからだをだきよせ、
その背中を小さくなんどもなんどもたたきました。
サムは墓標となる板に、
『サム、やすらかにねむる』
ときざみ、二人は、瓦礫のすきまに咲いた名もしれぬ花をつんで墓標のかたわらに手向けました。
キマは、
板にきざまれた『サム』の文字をゆびさきでなんどもなんどもなぞりながら、
そして立ちあがると、
来た道を見つめ、
あらたなきもちをこめて、一歩、また一歩と、痩せほそった足をうごかしはじめました。
そして、そのいっぽいっぽをたしかめるように、
これまでに至った身の上をはなしはじめました。
*
キマは、
その子をお腹にやどしたときは結婚はしておらず、子どもができたことを父親となる男にうちあけると、
男は、
「今は、そだてる余裕がないから、その子を堕|《お》ろしてくれ」
と言いました。
キマは、
「どうしてもこの子を産みたいの!」
と男を説得しましたが、
男は、
「俺の夢か子どもか、どちらかを選んでくれ!」と言うだけで、
お腹の子にたいする愛情の欠片もみせてはくれませんでした。
キマは、そんな男を選んだ自分のおろかさを認めて、
『この子は、自分ひとりででもそだててみせる!』
とこころに決めて男と別れました。
仲のわるかった両親には身重であることをかくしていたため、
会社に移動を言い渡された。……とうそをつき、
見しらぬ土地に住まいをうつしてあらたな仕事をはじめました。
しかし、自分の都合でやめたことで、
あたらしくはじめた仕事場の待遇はわるくなり、朝から晩までのはたらきづめと、人間かんけいのストレスからくる疲労がたまり、
キマはとうとう、
仕事のさいちゅうに倒れてしまいました。
病院に運びこんだ職場の上司から、
キマの容態をしらされ、
事情を聞かされ飛んできた両親は、
……病室の扉をひらくなり、
父親は――、
「おまえは、なんというふしだらな!
いつのまに、子どもなんぞを拵えた!
そんな、どこの馬の骨ともしれぬ男の、
――子など、
とっとと堕ろしてしまえ!」
と一喝しました。
「いやっ、いやです。この子は産みます!
産んで、わたしが育てます。
――おねがいだから、産ませてください!」
キマは、
お腹の子をだきかかえるようにからだを丸めて、寝台をゆらして泣きました。
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