一色 恭平
夏目漱石の作品『夢十夜』の一行目。 これを借りて書いたもの。
まどろみの中、生暖かい風が私に触れた。瞼を開けて、視界に広がる景色をみて、これが夢であることを悟った。 こんな夢を見た。 森の入口に佇む少女を、私は遠くから眺めていた。 私の年齢はその少女と同じくらいであったろうか、二十ばかり若返った自分が、森に続く畔道の真ん中に立っていた。 夕暮れのひぐらしはけたたましく鳴き、瑠璃色の境界が幾分山の向こうに差しかかっている。 暗くなる前に帰らなくては。そう思うが、自分と同年代のその少女を残して帰るのは気が引けた。 「日が沈
他人より秀でたものはない それを受け入れるのは怖かった 全人類を数値化して 足してその数で割ることができたなら 僕個人はどの辺りだろう? 強さ 賢さ かっこよさ 面白さ 豊かさ どれをとっても目を見張りはしない 自分に足りていないものは知れている 他人より秀でたものはない それを受け入れるのは怖かった 弱さ 辛さ みじめさ 暗さ 貧しさ どれもが僕の中で際立っている どうにかしたいと思案する 憧れたものになろうと思う なりたいものがあるけれど 目指したものは目
どれだけ経過したかは この際考慮しない どれほど効果があったかは この際問われてもいいだろう 古くなったものは 新しいものに淘汰されるか それなら僕の好きなものはなんだ 古くなってもなお 新しいものに喰らいつくのか それなら僕はあの頃を許容できる あの日過ごした怠惰な日々を あの日目にした夕焼けを あの日感傷に浸った湿った夜を あの日聴いた音楽を あの日目にした衝撃を あの日交わした約束を あの日抱いた激動を 時は経った 新しくはない それでも、古くはない ど
こんな夢を見た。 父が私と弟を連れて、釣りに連れて行ってくれた。釣りと行っても実際は潮干狩りに近く、波打ち際の岩場に私たちはいた。 「釣れないなあ」と、釣果は芳しくなく、ポイントを変えようと一列になって歩いていった。 気づくと洞窟の中だった。岩場と潮溜まりの続く道の先、向こうから光の差す洞窟を三人で歩いていた。もはや釣りでも潮干狩りでもなく、その光を目指して三人で歩いた。 やがて光に包まれるとそこは、インテリアが適度な間隔を保ち、清潔さの際立つ室内だった。窓からは温か
二つ並んだ足跡が どこまでも続く砂浜 寄せては返す波の揺らぎが 足跡の片方を連れ去った 一つ残された足跡が 砂浜にどこまでも続く 寄せては返す波の揺らぎは 足跡のもう一方を消しはしない たくさん二人で歩いていたのに たくさん一人で歩いていくのか 並んで歩いて語り合った どれだけ歩いたかを 足跡が物語る 並んで歩いて語り合ったけど どれだけ語ったかは 片方の足跡だけでは知らない 寄せては返す波の揺らぎが 足跡の片方を連れ去った 今はただ一列の足跡が どこま
どんな味わいなんだろうと 口にしてみたら 中にはどうも甘ったるい それでも納得できるような 成分の気になる味わいがあった オブラートに包んで その味わいを楽しんで 実際はどうなんだろうと 口にしてみたら 中身のまるで込められていない 抽象的で納得のできそうもない 空虚な言葉が空気を揺らした オブラートに包んで 誰も傷つけないように 配慮を怠らずに 慎重に口にしてみれば 余韻の後の味わいに 余分な刺激は与えずに 何かを受け取ってもらえるだろうか オブラートに包ん
現実は物理的で テレビの向こうは異次元 地続きのリアルとはなんだろうか 深夜に目を覚まして そっとテレビをつける 二次元は官能的なのさ 観てはいけないものを 観ているような 大人ってなんだろう 夏が終わったのに この夜はさながら 真っ暗闇で開けた冷蔵庫のように 吐いた息が白いのは寒いから そんなの、理科で習うまでもない 家族のルール それを守っているようで そんなものを掻い潜るかのように こんな真夜中に一人 家を抜け出すという発想はなかった こっそりテレビをつけ
8月も残すところ あと1週間となった 台風が勢いを少しずつ増して 近づきつつある快晴の酷暑 ベランダにたなびく洗濯物が揺れる ジーーーっと空間を揺るがす蝉 それに呼応する蜃気楼 夏の余韻ともいえる日曜日 暦から感じているわけではない 空気が少し、初夏にも似ている この昼間に飲むビールが 懐かしさを誘う まだうっすらと それでも幾分鮮明な 20年前の部活を思う ちょうど20年前 僕は何を思って 体育館でラケットを振っていただろう カコンカコンと軽量な 球が飛び交う打球
たった一つ 好きという気持ちがありました あなたのおかげで 好きを知ることができました 好きが一つではないことを知りました 私は彼が好きだけど 彼女のことも好きなんだと知りました 好きがいくつもあって 好きにも種類があることを知りました 共に笑い合える好き 相手を信じることのできる好き 歯を食いしばる勇気をくれる好き ぴったりとくっついていたい好き 好きが溢れる とめどない好きは きっとあなたが教えてくれて もっと誰かと繋がるためのもの あなたを好きになれたから
あの夕焼けを 僕は覚えている 15年は経ったであろう今でも 当時は大人になったつもりでいた 学生が終わろうとする初春 屋上の露天風呂から眺めた夕焼け 彼女も景色を眺めながら 湯船に浸かっている頃だろう なだらかな山の中腹のホテルで 陽の光を追うように 夜が山肌を撫でていく 山の向こうがまだ明るい 点々とする斜面の灯りに この旅と この旅の連れ合いのことを思った 迷わないでと言えなかった 淋しそうな表情に 僕はどれだけ傍に居られただろう これが最後の旅とも知らずに
雨降りの休日に ベランダに腰かけて 蚊取り線香を焚きながら 海辺で拾った貝殻を削る そういうので良くないかな そんなものを拾ってどうするの? ドライブの途中で立ち寄った 海辺で拾った貝殻に 何の意味があるかなんて 僕にも全くわからないよ 降ったり止んだりの午後3時 何をしたらいいかわからないけど 拾った貝殻をどうしようと思ったから 艶が出るまで削ろうと思うよ そういう時間が良いんじゃないかな そんなことをしてどうするの? 何の意味があるかなんて 僕にも全くわから
欲しかったもののほとんどは 手に入らないまま過去となった 必要なものだったのかはわからない 持っていたもののほとんどは いつの間にかに手放していた 必要なものだったと今にして思う 過去をやり直したいと思う 最善を願っているから あの時に戻れたらと思う もっと良くできたはずだから これからの幸福を願う きっとまだ知らないことがあるはずだから 会ったことはない しかし会わなくてはならない 行ったことはない しかし行かなくてはならない 今もなお、手にしているものが
たまには怖い?奇妙な?話でも。 霊感皆無の僕が経験した貴重なお話。 自分の表現力を伸ばすためにも書いてみます。 怖いの嫌な人は戻りましょう!笑 いつかのゴールデンウィークにあった話なのですが、 僕は普段千葉に住んでいて、長期休暇があると大好きな実家の茨城に帰省していました。 その年のゴールデンウィークも例に漏れず、実家へ帰省しました。 実家と言っても幼少期から住んでいる家というわけではありませんでした。 僕は大学に通うために東京で一人暮らし、そして千葉に就職してから弟
真昼の暑さとは打って変わって 早まった薄着が肌寒い 夏にしんと鼻腔をくすぐる 草木の香りを 一瞬間だけ嗅ぎ分けた 雨の降る季節が近いことを思う 新緑の葉をしずしず染める その雨粒の清らかさ 濃緑の季節に向けた準備と言うなら 私も粛々と傘を差そう 雨の降る季節が近いことを思う 雨の降る季節に出会う人があるなら それは素敵だなと思う 天気のぐずつく日々の中の 晴れの日には夏の気配 夜には薄く雲が張り 心細くも煌々と 茂り始めた歩道を照らす街灯 真昼の暑さはもう夏で
君にとっては 突然のことだろう さよならを言わずに 僕はここを発つ いつもと同じ笑顔で いつもと同じ声音で いつもと同じやりとりで いつもと変わらぬ一日のまま 僕は君の前から姿を消す 今日君へ送る「またね」は、 明日や明後日会うつもりで告げるものではない。 僕はしばらくの間、 君の前から姿を消す。 その"しばらく"が、 どれくらいの期間なのかは僕も知らないけど、 それでもいつかまた会えることを信じている。 また会う日まで元気でね そういうつもりの「またね」である。
星屑を集めたら 君に届けに行こうと思う 星のない夜空を見上げて 僕はただただ立ちすくむ いつのまにか 遠くまで来たらしかった 空っぽの瓶には 虚しさだけが詰まっていた 星空を、また見に行こうねと、少女は言った。 無邪気な声音は残響となり、 僕だけがまだ、少年のままだった。 理想を追いかけたかった。 ブレない芯などなかったのに。 小さな世界を飛び出したかった。 大切なものは、変わらないのに。 この気持ちが少年のままだから、 今でも君との約束を果たしたかった。 丘