デジタリアン・ファンタジア -11-

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ピアノの旋律が王都の一角にある広場に響く。それは多分あの人が弾くものだと大抵は決まっている。優しく柔らかいその旋律は私たちの心を落ち着かせていき、広場全体に安らぎをもたらすかの様だった。
敵の討伐を終えたのち、私たちはそのまま王都内を歩き続けていた。暗殺者であり私の従者的立ち位置に収まっているミュノン・エクセラスは私の無事を確認するとそのまま何処かへとまた身を隠してしまった。恐らく何処かでまた見守ってくれているのだろう。
「この曲、何年前のアニメの曲でしたっけ?」
ヒーロー「レオス」、今は兵装を畳んで緩めの普通の服装に着替えて、真澄リズという少女に戻った彼女がそう言ったのを機に私は指折り数えてみる。ちょうど全ての指を折った。
「10年前…?」
「え、もうそんなに経ったんですか!?」
「今の人間からすればもう古いというべき指標なのか?」
10年という長さの認識は本当に感じる人それぞれによっての重さであるため一概には言えない。
「え、だって小学四年生が成人するんですよ?思春期飛び越えていける年の長さですよ?」
「そういうもんかのう…それお主らにとって若い時の10年の重みが強いだけなのではないのか?」
リズと麟華の他愛のない世間話に耳を傾けつつも私は視線で彼女を探していた。案の定、広場の中心の屋根のかかった広い東屋の様な場所にあるグランドピアノにいた。少しだけ目を瞑りながらすでに何度も弾いたんだと思われる音楽を奏でていた。さらに歌を歌い出す。彼女の紡ぎ出す透き通る様な声はピアノの綺麗な旋律と合わさって何重にも綺麗なハーモニーをまた新たにつくっていく。
一曲歌い終わると周りに集っていた人からまばらに拍手が起こり、さらにそれはだんだん大きく広がっていく。席を立った彼女、蒼乃めぐりはそれに応える様にお辞儀をする。そのまま私と目が合うと、荷物をまとめてこちらに向かってくる。
「レイチェルさん。」
「お疲れ様です。」
「ありがとう。」
「相変わらずすごいのー。お主の演奏は。」
「ふふっ、お褒めに預かり光栄です。」
麟華にとぼけたふうにそう言ってみる彼女。
「妾の寵愛は貴重じゃぞ?とっておくがよい。」
「ありがたき幸せです。」
「二人ともそんなキャラでしたっけ?」
「めぐりはともかく、妾はいつもこんな感じじゃぞ!?」
リズのそんなツッコミに少しだけムキになる彼女の姿ももはやいつもの光景と言えるくらいには見慣れたものになっている。
「みんなはどうしてここに?」
めぐりさんが思い出したかの様にそんなことを言う。
「あの敵がまた現れたんですよ。んで、まあ後処理とか色々で見回りです。」
恐らくほとんど侵入された可能性はないが。
「ああ…なるほど。」
納得した様で、彼女は少し頷きながら話す。
「大丈夫だった?」
「そりゃもちろん!ばっちしでした!!」
リズがそう言う。彼女は本当にあの敵なんか目じゃないくらいには強いヒーローなのだ。私の父や兄たちが遠征に出ることができているのも、結界による防衛の麟華に加えて敵に対抗する手段として彼女がいることも大きい。
「そっか…」
「じゃなきゃここにいないですよ。」
カラッとした笑い方をするリズだったが、めぐりの方はなんとなく心配そうな顔をしていた。
「心配か?」
「うん。最近増えたって小耳に挟んだから。」
「実際、それは事実に他ならんな。」
麟華自身がその身で感じている通り、敵の猛威はここ数ヶ月間、徐々に強さを増していた。頻度も一度に現れる数も、今日みたいに少ない日もあれどその量の総合を考えると以前の比ではない。
「原因もよくわからんのじゃ。レイチェルの血縁は一体何をしているんじゃろうな。」
「いや、多分抑えてはくれてますって。じゃなきゃもっと多いだろうし……」
敵の正体も原因も分からない以上、対症療法的にその場で凌ぐしかないのは分かるが、前線に立つ面々もそのもどかしさを感じているのは一致していた。
「とりあえず、これで見回りは一通りじゃな?妾は疲れた故、帰って休むことにする。」
相変わらず自由だなとため息が出るが、特に引き止める理由もないためVジアスタワーへと向かう彼女をそのまま見送った。
「あ、私も帰りがてらまた見回りしてきますね。お疲れ様でした!」
そう言ってリズもそのまま広場から出て行った。
「あ〜、行っちゃった。」
「ふふっ、二人とも頼もしいね。」
「まあ、そうですね。それは認めます。」
少し柔らかく笑ったのち、彼女は口を開いた。
「ねぇ、レイチェルさんに少し相談があるんだけど…。」
「はい…?」

「自分の記憶ってどこまで信用できると思う?」

「え?」
面食らったという表現が的確だったと思う。
「それか、こう言うべきかな。自分の記憶に違和感を抱いたことはない?」
「え、なんですかいきなり。」
「ない?」
有無を言わせず問い詰めてくる流れ、それこそに違和感を抱いている。
「あ、ごめん……急に変なこと聞いちゃって。」
「いえ、その…………どうしたんですか?」
「曲が足りない様な気がするの。」
さらに唐突な悩みだった。
「え……レパートリーってことですか?」
辛うじて絞り出したのがその言葉だった。正直、なんでこの話をしているのかもわからない私は言葉の具現化も変換も遅れる。
「しっくりきてるはずなの。いまあるもの、記憶上の話なら何も問題ないって思えるはずなのに、何かがいつも足りないかもしれないってなることない?…………そういう記憶を疑いたくなる違和感。」
「……ないです。」
「本当に?ないならいいんだけどさ。」
言い淀む私に少しだけ首を傾げた彼女は再び続ける。
「こう言い換えてみるんだけどさ、別人のような記憶が入り込んでいる、なんて経験はない?」
別人の記憶が入り込んでるみたいな経験はない?
その言葉がいかに恐ろしく、そしていかに私のガードが甘かったかが露呈した。
「え……?」
更なる言葉は私の不意を突くには十分なものだった。
「あるの?」
「いや………」
私はすんでのところで引っ込めたが、もう恐らく分かってしまったのだろう。私にはそれに該当するはずのものが存在する。濁したのはそれが何であったのか私がもう覚えてすらいないからだ。夢をみるときの様に異質に思えたものがいつの間にか薄れ、正当化されて、当たり障りないものへと変換されていく。そこに私自身の意思なんてものは介入されることはない。いつもいつもなんかおかしいんだよなで終わる結末。
「ないですよ、そんなもの。」
もう覚えてすらいないものを、それが異質であったと言ったとして何の価値があるのだろうか、異常で異質だったことしか覚えていないのに、それ以上のことなんてわかるわけがないのに。
「そっか。ごめんね、変なこと聞いて。」
「いえ……思い出せるといいですね。」
「うん、じゃあ、またね。」
見送る彼女の背中に何か不安だとか不穏だなとかそう思うしかないものを感じていたけれど、私は多分純粋に変わらない明日がくるとどこかで信じていた。それを平和ボケだとか呑気だとかお気楽だと言う人がいるならそれでもよかった。

数週間後、この広場がグラフィティで汚されるまでは。


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