デジタリアン・ファンタジア -0-
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歓声とは言い切れない声があの場所に響いていた。
悲しみを紛らわすかのように目一杯叫んでいる。
今が永遠であったら良かったのに。
もう2度と時が進まなかったら良かったのに。
そんなことをひた隠しながら、誰もが前を向くための世界を作り上げていた。
その中心にいる彼女は笑顔だった。だってこれは彼女が決めたことなのだから。誰かが悲しんでいても、そうだったとしても彼女は彼女の意志を貫く。
「みんな〜!!!ありがと〜!!」
曲が終わり、うお〜とかわ〜とか呼応するのを確認して、彼女は次のことへと移っていく。
「実はね、今日は最後にもう一人、サプライズでゲストが来ています!」
おー???とかなんとか言いながらもあの中にいる誰か、何人かには既に推測ができてしまうのだろうなと思う。
「最後はこの方でーす!」
そぐわない気持ちを追い出して、私はステージ上へと向かっていく、何度も何度も付き合いがあり、馴染みとなった彼女の顔を見るのがもうアイドルとしては最後なのかもしれないと思うと出そうとしていた言葉すら嗚咽に置き換わってしまいそうだった。
「どうもー!」
なるべく笑顔でと念じながら私はあの子の待つステージへ向かった。
「そう!最後に来てくれたのは私の大先輩!蒼乃めぐりさんでーす!めぐりさん本当にありがとうございます!」
「いやいや、本当はもっと早く来ておきたかったんだけど、仕事多くてごめんね。」
今が稼ぎどきと言わんばかりに現在の私は多忙を極めていた。
「いやいやー、お仕事なのはもう仕方ないことですよ、なんてったって有名人なんですから!ねぇもう。」
有名人であることは事実だ。ピアノを弾く者として、ミュージシャンとして多くの称賛をいただいていることを認めないのおかしいけれど、でもだからってこんなタイミングギリギリにまで、彼女に最後のお礼すら言えないのがおかしいとも思えてしまうくらいには私は彼女を重要に感じていた。
「あのさ、本当に言いたいんだけど、エナちゃんが今日でアイドル辞めちゃうのほんとにもったいないなってちょこっと今でも思ってるんだ。」
「ほんとですか。」
「うん。だってさ、今もこんなに多くの人に囲まれて、多くのファンがいて、私自身もすっごい魅力的だなって思ってて、で一緒にライブもして、オリジナル曲も歌ってさ…ほんとに今よりも先に行けるんじゃないかって思ってて。だから、まだ一緒にいたかったな。」
まだ一緒にいたかった。最後のそんな言葉が全てだった。
ここまで来れた。
ここから先の景色も見たかった。
目黒エナという目の前の一人の少女にほぼ同業者の私はそこまでの可能性も感じていた。私以外にも感じていたのだろう、なぜ彼女がここで止まってしまうのかと。きっともっと大きくなったはずだろうに。その理由は私にも語ってくれはしなかった。
「すみません。」
そう言った彼女にはどこか名残惜しい表情を…いや多分あれは「じぶんのこと」じゃなく、「自分がいないこの後のこと」を憂いているかのようだった。
「でもその先の景色は蒼乃先輩が見に行ってください。だってすごいんですよ蒼乃先輩って。今いるみんなは絶対に知ってるだろうけど、私の先輩として、大スターの原石としてまだまだ私たちを知らない場所へ飛ばして行ってくれそうな気がずっとしているんです。」
私応援してますから、と笑いながら言う。そこにはさっきの憂いはどこにも感じられそうになく、気のせいだったのかなと笑って隠すほかなかった。
「蒼乃先輩には私以上に大きな翼があるはずなんですから。私を、私たちをもっともっと大きな広い場所に連れて行って下さい。みんなには勝手なお願いだけど、蒼乃先輩のこと応援してあげてくださいね!!!」
と彼女らしくコールをして、会場のレスポンスを促す。再び各々の個性ある呼応が聞こえたのを境に彼女はまた再び笑顔を向けた。私に、他の全員に。
「私はこの選択に後悔も濁すべきことなどもありません。最後のステージだって、私らしく歌い続けるだけです!ささ、蒼乃先輩もピアノにどうぞ!!」
「ははっ、うん。そうだね。」
ピアノに向かう。後はそう、私の問題だった。彼女の選択を私がキチンと受け入れていけるか。そこにはもう彼女のせいにできることなんてなかったのだから。
「さあ、最後でこの二人といえばもちろんこの曲!!」
ポロンと置かれたピアノに語りかけるかのようにひと鳴らしする。辛い時も嬉しい時も音楽は私に寄り添っていた。
「「せーの、」」
誰にも聞こえないほどの掛け声を二人で交わすのはもうこれで最後、二人でできることは何もかもがもう最後なのだとふと思った。
この先二人の間に歓声はなく、仲間の呼応する声もなく、そっと言い合う掛け声もなくなる。
世界は笑っていた、悲しい声はこの場所になかった。でも私は心で泣いた、抑えきれない想いを閉じ込めて。それは緩やかに、穏やかに世界の滅びを待つ光景そのものだった。
「「『EME』で『Melody and Energy』!!」」
その日を以て、目黒エナは引退した。
でも、この先も世界は回り、朝日は昇り、何度だって私は一人いなくなったステージに立ち、笑顔を拾い続ける。仲間たちだってきっと同じだった。
何もかもを忘れて。あるいは知らないフリをし続けたのかもしれない。
私たちはそうやって生きている。いつか忘れたことすら忘れてしまうのだ。
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