デジタリアン・ファンタジア -10-
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「世界には始まりの少女がいた。」
その一文からはじまるのはこの世界の創世記と記される書物。
「その通りに世界の始まりは一人の少女がいたことであった。少女は世界の中に光と賢者を創って、賢者が他の命を創った。やがて…」
その後少女は他の生命によって世界が次第に意志を持つかの様に動き出したことを見届けて、自分も一人のただの少女に戻り、今も人に紛れて人知れず世界を見守ることにその生を費やしているらしい。正確な時期は定かではないが、彼女は創成期から生きているとしたらとんでもなく高齢だし、不老不死なのではないかと私は考察する。何度も読み返すがこれ以上の情報は得られることはない。あとは賢者がどうやって命を作ったかとか、少女が愛した歌や音楽について記されているのみだ。
「うーん。『始まりの少女』か…」
「またその本??」
「うわ、びっくりした。いるなら声かけてよ。」
ひょこっとした感じで肩の後ろにいた存在に声をかけられる。
「かけたよ。」
「じゃあ、私が気付いてないだけ??またこの典型的パターンか…」
「エピアっていつもそうだよね。」
「なんかトゲない??」
「まあ、そりゃ枯れても『いばら姫』ですもん。」
「実際は枯れてないけどね。」
「枯れたら死んじゃうし。」
幻想の殿堂と呼ばれたこの場所は私の居住空間であり、この王都最大の図書館である。世界の歴史がここに堆く積まれ、多少ながら埃を被りつつも眠り続ける。私はその埃をはたき、世界や人々の誇りを守る人間…要するに司書の真白エピアである。
「相変わらず静か。」
「静かでごめんね。」
本の保存環境としてはぴったりだが、それを優先するあまりに王都郊外の僻地に建てられたせいで人は物好きな人間しか来ないのだ。普通に王都には書店もあるし。
「何言ってるの?むしろこっちのほうがいい。」
「そっか。」
「おかしなエピア。………眠っ……」
そう言ってクスッっと笑うのがこっちの鍵屋いばら。この近くにある居城が巨大なトゲのある茨に囲まれており、名前とも相まって「いばら姫」の名を欲しいままにする…ってこの言葉は違うな、とにかくそんな愛称で愛されているのだ。
「てか、寝てたの?」
「さっきまでね。……そう、それでちょっと相談があって来たの、忘れないうちに。」
重めの目を少し擦りながら二人しかいない長机で向かい合う。少し差し込む光に胸元の錠前のペンダントが照らされて光る。座るときに白いワンピースに骨盤の所で細くトゲの少ない茨が巻きついている方へよそ見した。
「んで、何?」
気を取り直すつもりで切り出す。
「『夢』の話。」
「ああ…なるほど。」
随分とその話をするのも久しぶりなのではないかと思う。
彼女にはある悩み…この場合はなんと形容したらいいのか…いや、悩みでいいな。そんなものがあるのだ。
「今回はなんて?」
「えっとね…」
彼女は離れていく記憶の手を取ろうと必死に目を瞑り、思い出そうとする。
「また、誰かと話してる夢だったの。」
「知らない人?」
「うん。あと…」
目を伏せた彼女はさらに続ける。
「私自身も知らない人みたいだった。」
「やっぱりいばら自身じゃない可能性がある?」
「多分。呼ばれてた名前はそうじゃなかった。」
「うーん。これまでと似た傾向だね。」
いばらはそういう夢を見る傾向にあった。誰か別人の記憶を見る様な、もっと言うなら別の人そのものになっているとも言える明瞭的な夢を見ていた。
「悩むほどでは本当はないんだけどね。」
いばらはそんな風に言って笑う。
「楽しい夢なの。本当に笑顔が絶えなくて、私も楽しい気分になる。けどさ、そういう楽しい夢をわざわざ別人にさせてまで私に見せようっていう意図がわからなくて…」
「うーん。理由、意図……」
心理学やら精神分析の類に詳しいわけでもないから詳しくは言い切れない。けれどどこかで聞いたことのある夢についてのことを私は口に出した。
「記憶が作用してるって聞いたことはある。」
「きおく…?」
何かが引っかかるかの様にその言葉を発した。そのまま首を傾げる。
「夢って、脳の記憶の整理みたいな側面みたいながあって、自分の記憶を乱雑に並べたことでどこか自分に見覚えのある景色でありながらおかしな景色とか辻褄の合わない夢を見ることがあるっていうのはあるみたいだけど……」
苦しい立論しかできないのはそもそも彼女が見ている夢が彼女自身の記憶由来である可能性が低いからだ。
「似た様な経験を綴った書物を読んだ経験は?」
「残念だけど、ないと思う。」
これで多分彼女自身の経験や記憶から得られたという可能性は著しく低くなってしまった。
「害はないし、またしばらくは様子見なのかな。」
頭を掻き毟りたくもなる様なもどかしさを覚えつつ、また同じ場所へと結論は堂々巡りをしていく。私はそのまま近くの本棚へと動き出した。
「sinoって呼ぶの、私のこと。何度も何度も。」
「うん。」
何度も聞いたその名前は果たしていばらとなんの関係があるのかわからない。でも、耳にしていた彼女はそれをなんとなく愛おしく感じていそうに左右の手を合わせて上下に擦るのだった。
「もしかしたら前世かもね。」
しばらく立ち上がって本棚の整理に明け暮れていたが、ふと思いついた仮説を呟いてみる。彼女が私の方をプイっと向いた。
「前世?」
「うん。いばらがいばらとして生きる前の姿…って感じかな。」
「だとしたら…」
手をこすり合わせる仕草はそのままに彼女は深く考え込んだ。
「その子はもう…いないの?」
「うん、まあ、その子が死んだことで君が生まれてるわけなんだから。」
ちょっとなんか言葉に詰まった。しょうがないとは言え、自分が愛おしさを感じている人間が存在していないとなれば、その喪失感とか空虚さは心に暗いものを残す。
「そっか。」
机をカリカリと引っ掻く様に人差し指を動かしていた。何かをまた深く潜る様に考え詰める。
「調べてみたい。」
そうポツリと漏らしたのは幾ばくかの静寂を得たあとだった。
「その子のこと??」
「うん。夢から私ができるだけ会話の内容とか、一緒にいる子のこととかを得て、あなたがまとめて、そうすればきっと何かわかるかもしれない。」
「夢日記ってことか、うん。面白そうだね。」
「早速今日のこともまとめておいてくれる?後、思い出せる範囲内で今までのこととか…」
その時、入り口の扉が途端に音を鳴らす。おそらくノックか何かの衝撃に呼び鈴が反応したのだろう。
「ん、あ、ちょっと待ってて。」
いばらはそのまま座ったままうなずき、私は入り口の方へと向かっていく。多少重く作られたその扉をゆっくりと開く。
「はーい。」
「郵便です。」
そこにいたのは私にとっては見慣れた制服の郵便局員の人だった。私に手紙1通を手渡してくる。
「はい…」
手紙全体を見回すが、確かに宛先には「幻想の殿堂 真白エピア殿」という様な文面があるが、それ以外、もっと言えば送り主の情報は一切ない。
「これ、誰からですか?送り主が見つからなくて…」
「最近多いんですよそういうの。なんかここ最近、よく意味のわからない手紙やら悪意ある文面の匿名の手紙が増えたって苦情が届いていて、でもこっちにも苦情が来たとしても何も対処することなんてできないんですよ。申し訳ないんですけどね。」
「まあ、そうですね…」
届けるだけのお仕事に手紙の内容についての苦情を叫ぶのは本当にお門違いだとも言えるのだが。
とにかく、ちゃんと渡しましたからね、と言ってから彼は忙しなくその場を去っていく。去り際、こんな忙しくなるなんて思ってもなかったけどな…と愚痴をこぼした様な気がした。
ポツンと残された私はやはりその手紙を見つめるほかなかった。
「本当に誰からなんだろうなこれ??」
「どうかした?」
いばらも何かを察したのかこっちへとやってきていた。
「送り主不明の手紙。最近郵便とか手紙になんか異常多いんだって、局員さんが言ってた。」
「へぇ。とりあえず中身見てみたら?」
「そうするよ。」
丁寧に封筒を剥がして中の紙を開く。綺麗な折り目を開くと、そこにはただ一言それが書いてあった。
「世界の秘密を解き明かせ。」
「え……?」
ただただ私はそう思うしかなかったのだった。
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