折り目の役目【#第63回whrワンドロ・ワンライ】
「はーあ。流石にこの量のプリントを終わらせろってのは無理難題じゃない? 解いた傍から増えてく心地だよ」
「……? 倫理のプリントは別に増えたりしてない」
「物理的にはそうだろうけどさあ。気持ち的にはネズミ算式にたっぷり増えてるよ」
そう言ってボクは、自分と同じように教室の机に縛り付けられた隣人を見る。ふわっと窓から夏風が吹いてきて、彼の隠れた黄金の瞳が一瞬顕わになった。
ボクたちは名誉あるチーム・バカの一年部隊として、指揮官サンから『この単元のプリントを正午までに全て終わらせて』というたいへん崇高な任務を仰せつかっている。最初のうちは彼も真面目にやろうとしていたみたいだけど、二時間も経ったあたりから手遊びと船漕ぎが増え始め、今ではほとんど飽きてしまったようだ。
まあなんだかんだで指揮官サンも神ヶ原サンもボク達には甘いし、少しぐらい間に合わなくっても問題ない。そう踏んだボクは気分転換がてら解き終わったプリントで遊ぶことにした。
まず半分に折り目をつけて、その折り目に沿って長方形の頂点を二つ折り合わせる。そこからまた尖らせていって——完成した紙切れを、そうっと彼の机上に放り投げた。すすす、と風を切ってすとんと机に乗っかる。ボクごときの操縦にしては上等な着陸。
「なにこれ?」
「紙飛行機。霧谷くんもどう? 現実逃避」
「……やる」
返答を聞き、控えめに口角を上げる。彼に対してはこれぐらいの身体表現で充分だ。
ボクと同じように解き終わったプリントでいそいそと紙飛行機を作り始める霧谷くんの横で、自分も新しい飛行機に着工し始めた。そこでふと、自分の紙飛行機との工程の違いに気付く。
「へえ、霧谷くんってば紙飛行機の先っぽを折るタイプの人種?」
「うん。小さいときからこう」
彼の作る紙飛行機は、先端の尖った部分が内側に折られている。確かこの工程の意味は——
「紙飛行機の飛距離を伸ばすコツらしいね、それ。君が紙飛行機ガチ勢だったとは意外だなあ」
わざとらしく驚いてみせると、霧谷くんも驚いたように目をぱちくりさせた。
「そうなの? てっきり他の人に当たっても痛くないようにするためだと思ってた」
「あはは、そうきたか」
「うん。施設の子達にも、そう教えてる。飛距離の話はしたことなかったけど、今思い返せばみんな結構遠くまで飛ばしてたかも」
「霧谷くんは飛距離を伸ばそうとは思わないの?」
「別に、競争は好きじゃない」
「そっか」
短く答えて、ボクはまた新しい飛行機を作り始めた。半分に折り目をつけて、その折り目に沿って長方形の頂点を二つ折り合わせる。そこからまた尖らせていって——最後に、先端を内側に折りたたむ。
それを教室の奥に向かって放り投げてみると、なるほど確かに先程よりも遠く飛んでいった。
紙飛行機の先端を折る。その行為の本来の意味は、こういう風に飛距離を伸ばして他との競争に打ち勝つためだ。
けれど霧谷くんにそんな理由は似合わない。彼の紙飛行機は、たとえその身体にひと手間加えたとしても、あくまで人を傷つけないことを最優先にしながらその身を飛ばすのだ。
楽し気に紙飛行機を飛ばす彼の横顔で、またちらりと黄金の瞳が瞬いた。
〈了〉