箱の中身は【#第53回whrワンドロ・ワンライ】
ボクの変身アイテムが無様にも復活して、ヒーローらしくさっさと元気に退院したあと。
なんだか無性にひとりの時間が欲しくなって、気付けばボクはふらふらと瓦礫降り積もる廃墟にやってきていた。初めて行く場所だけど、見るのは初めてじゃない。我ながら、道もわからないのによく辿りつけたなと思う。これが神の思し召し……なーんて、死んでも思わないけど!
「うわ、あのとき見たのとそっくりそのままおんなじだ」
廃墟の中へ入り込んだボクは、歩みを進めるなり思わずそう呟く。
そこだけ時間がぴたりと止まったように、その廃墟はボクの走馬灯そのままの光景を保っていた。唯一違うのは、そこで静かに瞑想していたお父さんがいないことぐらい。でっかい瓦礫ひとつひとつの配置も、壁に描かれた何語かわかんないらくがきも、全部同じ。一瞬またあの走馬灯に迷いこんだかのような錯覚を受けながら、お父さんが机代わりに使っていた一際大きな瓦礫の板に近づいた。
すーっ、と人差し指で瓦礫机の表面をなぞると、たちまち指先は埃塗れになる。この机が何年も使われていないことは明らかだった。
「まあ、そうだよね」
どこかがっかりとした気持ちを感じる自分を嘲笑しながら、ボクはお父さんがやっていたのと同じようにひとつの瓦礫へと腰掛ける。
すると丁度、ごみごみしたこの空間には一見不釣り合いな物が目に入った。
瓦礫机の下へ隠すように置かれたそれは、古びてはいるがいかにも高級そうな桐箱だった。ボクは考えるより先にそれを手に取る。お父さんがいた頃のボクの家でもこんな大層な箱は置いていなかった。まだお父さんが志藤の家にいた頃に貰ったものなのだろう。しかし、どうやら中身はボクの知っているお父さんのもののようで。
「これは……」
かぱりと桐箱を開けると、中には白紙の原稿用紙と万年筆が入っていた。原稿用紙は縁が黄ばんでおり、経年劣化が酷いが使えないわけではなさそうだ。万年筆のインクは流石に蒸発しきっていたが、ペン自体は一見新品に思えるほど綺麗な状態である。そういえば、ボクのお父さんは愛教信者のなかでもとりわけ物を大事にする人だったっけ。きちんと使い込まれているはずなのに、お父さん生来の神経質さも相まってこの万年筆には一筋の傷もついていなかった。
「へえ、まるでタイムカプセルだ。お父さんはそんなつもりなかったかもしれないけど」
この桐箱の中身はお父さんにとって大事なものだったはずだ。それすら忘れ去って、彼はこの世から去ってしまった。
しかし、そうして瓦礫に埋もれ去ってしまうはずだった桐箱は残念ながらボクに見つかってしまった。このまま一生掘り起こされずにその生涯を終えるはずだった紙とペンは、六年越しに外の空気を吸わされてさぞ憤慨していることだろう。
まあ、ボクごときに見つかっちゃったのが運の尽きだね。もうちょっと、こっちに付き合ってもらうよ。
◆◇◆
「…………」
そして。ボクはいま自室の文机にかび臭い原稿用紙を積み、ぴかぴかと光っている万年筆をインク壺に差してとくとくとインクを吸い上げている。ちなみにあの桐箱は瓦礫の中に置いてきた。だって、星乃由来って考えたら持ってるだけで吐きそうだったし?
インクを吸入し終わったら、ペン先と軸をティッシュで拭いて綺麗にする。小さい頃、お父さんがやっていたのと同じように丁寧に、丁寧に。
お父さんとそっくり同じようなお話は書けないかもしれないけど、ボクだって色々考えてみたことはあるのだ、それなりに。
誰に言うでもなく心の中で呟く。ペン先を黄ばんだ原稿用紙にかつりと当てたその瞬間、なんとなく、背筋の伸びる心地がした。
〈了〉