おいしいウニを召し上がれ【北村倫理誕2022】
「好きな食べ物は?」
なんて、世の中のあらゆる人間に擦り切れるまで使い古されてきた質問だ。
ハンバーグとか、オムライスとか。そこら辺の「いかにも」って感じのものを適当に答えておけば切り抜けられる。ボクの場合、それがお寿司だった。
ただ浅桐サンじゃないけど人間ってのは不便なもので、プラシーボ効果みたいなものにやられた今では名実ともにお寿司が好きになってしまった。まあ、それ自体に不便はないから別にどうでもいいけど。
ただ、だからといって。
「まさか誕生日プレゼントにされるとはね……」
ボクは合宿施設の冷蔵庫を開けるなり、そう呟いた。早朝のキッチンには誰もいない。少しぐらい、気を緩めてもいいだろう。
そうっと冷風の中に手を伸ばし、皿を取る。丁寧にラップまでかけられた長方形の皿の上には、『誕生日おめでとう、一年の皆からのプレゼントだ』という佐海ちゃんの書置きが乗せられている。ラップの中には茶色い具の乗った軍艦巻きが五つ。……ウニのお寿司だ。
そういえば、好きなお寿司のネタはウニだ、と答えてしまったことがあるかもしれない。恐らく霧谷くんか、慎くん辺りにぽろっと零してしまったのだろう。
冷蔵庫からウニの詰め合わせを取り出して、机に置く。ずらっと並んだウニの群れに、ボクの心は踊らなかった。
「……だってさあ」
別に、ウニの味が好きなワケじゃないんだもん。
まぐろやサーモンみたいな王道から一歩外れた軍艦系。その中でも、「新鮮で良いものは美味しいけど、それ以外は少し……」というような、人を選ぶネタ。
寿司下駄やパック寿司の入れ物の上で誰にもつままれずぽつんとひとり佇んでいる、そんなウニのお寿司になんとなく目がいってしまうのだ。まあ、平たく言うと親近感ってヤツ?
だからこんな、ウニの詰め合わせなんて貰ってもなあ——と、少し前のボクならこのお皿に気付かなかったフリをして冷蔵庫に戻していたかもしれない。というか、今でもちょっと迷ったけども。
でも、まあ。
彼らの厚意を完全に無碍にするには、どうも懐に入られすぎてしまったようだ。
ボクは佐海ちゃんの書置きを裏返して、ポケットからペンを取り出してこう書いた。『みんなで食べなよ、なんて言うのが主役の最適解だよね! ボクは最後の一個を食べるから、佐海ちゃんたち四人で自由に取っていきなよ!』と。
他の一年はきっと後から起きてくることだろう。ボクはもう出発しないと学校に間に合わないから、悠々自適に勝ち逃げできる。そうして、一番最後に学校から合宿施設に帰ってきたボクは、一つ残ったあまりのウニを食べるのだ。
果たしてそのウニは新鮮で美味しいままか、それとも放置されて不味くなっているのか。どっちに転んでもおいしいな、と考えながら、ボクはウニの皿が入った冷蔵庫をばたんと閉めた。
〈了〉