「刺激と反応の間にスペースを創る」
知覚って、単に、それに対する感じ方、かと思っていたけど、
刺激を感覚として自覚し、刺激の種類を意味づけする事、だったのか。
意味づけから反応が生まれるのかな。
意味づけを変えるスペースを作ろう、かなぁ。
刺激自体には意味はないのか。
でも感覚的な話で言うと、面白いのは、
ずっごくあっつい所に居た人と、
すっごくさっむい所に居た人が、
快適な温度の同じ部屋に入った時には感じることは全く逆っていう事(笑)
状況が逆だと、感覚も逆になるの?
これは正義と悪と同一構造だったりして。
ちょっとずれるかなー。
前提の重要性を思う。
そして渦中の状況は、どうだった?
人の事なんてわからない。
自分自身もわからない事まだまだ沢山あるだろなーって思う。
セラピストにはわからなくても、相手が、自身の何かに気付いたら。
わたしは、毎日笑顔でいられるなら。
それが結局、とってもとっても自覚以上に嬉しい、重要なことだったのかーって最近、気付いた。
結局何の話をしているのか。
掴むのはねー難しい事が多いって思う。
けど、もっとみえるようになるはず。
わかる事、知っている事と、出来る事の間には大きな隔たりがあるんだよ。
出来る人にとっては、わかってる、知ってるだけじゃ、わかってない人とそんなに変わらない。
そんな言葉がぐっさりと刺さった最近です・・・・。
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