見出し画像

狂おしすぎて、不気味だろって。

 掴んでいたはずのものがある。

    

 不器用な私だから。どうしても手放したくなくて。どうしても堪えていたくて。堪えている自分でありたくて。必死だった。いや、今も。変わってなんかない。変われてなんかない。ずっとずっと掴んでいる。

 手の形だけは変わらないのに。掴んでいる形のままなのに。いったい何が変わってしまったんだろう。いったい私は、何を手放したんだろう。私はいつから、何も持っていなかったんだろう。

 私が掴んでいたはずのものは何だったんだろう。

 

 零れ落ちていた。

 目なんて離していないのに。手なんて、離していないのに。それは今言っても言い訳にしかならないのだろうか。いっときも、とは言えない時点で私にはなにも言う資格などないのだろうか。

 いつのまにか、変わってしまったことがある。きっといつのまにか、変えてしまったこともある。誰かの笑顔とか、誰かの感性とか。私が、踏みつけたものがある。誰かの優しさとか、誰かの努力とか。

 私が傷つけたものが、私が刺したものが、絶え間なくあるんだよ。知らぬ間に、とは言えないことが。

 私が作った傷がある。私が垂らした血がある。私が抉った傷口が、そのまま私を囲っている。私が都合よく削り取ったあなたが、たったそれだけの事実が私を向いて立っているんだ。

 「知らない」と言うことは、余りにも残酷だ。そうだろう。私が「知らない」フリをするそれは誰かの血であり、誰かの苦しみだから。

 「知っている」。私はそれを知っている。誰かの血の色も、私の涙の味も、私は知っているんだよ。私が泣きそうなのは、私が痛いほど知っているんだよ。

 私が刺した、一体幾つのものが今も私を向いていてくれているだろうか。私が殺した幾つのものが、私を嗤ってくれるだろうか。そっぽを向いて立ち尽くすそれは、私をいつかまた振り返るだろうか。

 狂おしい。

 余りにも美しくて。余りにも透明で。

 壊れてしまうと思っていた。私がいなくちゃと思っていた。それなのに何故私は、私自身が壊してしまうだなんて、握りつぶしてしまうだなんて、考えもしなかったんだろう。

 何度だって傷口を舐めたいんだ。その涙で濡れた塩味に狂っているから。余りにも、美味しいから。狂おしいほど鮮明だから。もっとよく見せてよ、そう言いながら嗤おうか。私のことを、嗤おうか。

  

 いい眺めだと、思わないかい。

 私の涙。

 もっと今から、見せてあげるよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?