家に行くのは、付き合うということではないと知った夜。
付き合っていない、男の家に行った。
付き合っていない、男が作った夜ご飯を食べた。
付き合っていない、男と。
付き合っていない、男と。付き合っていない恋人同士をテーマにした映画をアマプラで見た。
付き合っていない、男とは。ごく当然だけれど、何もなかった。
私は大学生になった。
知らなかったことを知っていく。23:45の道の人通りとか。23:45に橋を渡っていく一台のタクシーの行方とか。23:47の空の暗さとか。貴方からの返信の甘さとか。
何もかもが綺麗で。暗い宝石のようだ。
家に帰るのが無性に惜しくなって、クロスの信号を家と逆の方向に進んだ。今日は甘い夜。明日が惜しくて、私は何故か抗っている。滑稽なそんな夜。
何も持っていない私を、認めてほしいと思わなくなりたい。曲がったことも遠回りなことも甘く楽しめる大人になりたい。自分じゃない、誰かになりたい。
それが無理だから。私は今日、日が越えるまで家に帰れそうにない。
甘い言葉だけで楽しんでいる、貴方と私はまるでゲーム。なんの中身もなくて、なんの事実もない。そのことを滑稽だなぁと思う。甘ったるくて快楽的で、優しくないなぁと思う。高校生の私が、悲しむなぁと想う。
ぎゅっと抱き締めてくれる誰かを、欲さない私になりたい。誰かに抱き締められても、泣かない私になりたい。
貴方とダサいほど甘い恋愛映画を見て、こっそり涙ぐんで、そんなことを思う。
貴方と居るのに、貴方のことが全然恋しくない。貴方と居るのに、私は全然頓珍漢な方向によそ見をしたまま、違う人を思い浮かべて私はそんなことを思う。
多分貴方もよそ見してばかりだから、きっとお咎めすらされないと分かって。私はよそ見をし続ける。
代わりに私も貴方を咎めない。そういうことだ。
私は、大学生になった。
補導もされないし、家にも帰らなくていい。
今の私は、多分誰かに強くぎゅっと抱き締めてもらっても涙が出ない。今の私には昔のあの人の言葉が響かない。
昔の私のようにあの人の前で泣くことは、もうできないかもしれない。
昔の私の感性を、鮮やかなほど恋しいと思う夜がある。昔の私のことがどうしても愛おしくて、捨てられない残骸を漁ってしまう夜がある。
貴女に会えないことが寂しいの、という今の私の戯言を。昔の私は何と言うだろうか。
夜0:03。
昔の私と地続きの私が、今ここに居る。
どこか背後のマンションから、電子レンジの音がする。
朝から付けていたコンタクトは、もうそろそろ乾いてきた。
何も持てない私は、そろそろ遠回りを終えて家に戻る。
明日があって。昔の私がいて。今から家に帰ってシャワーを浴びて寝て今日が始まる。
大学生になって見る夜空は。高校生の時と変わらず、ありえないほど暗い。
そういうことなのかもしれない。全て。
そうであってほしいと思う。全て。
私は今度。
付き合っていない別の男と、カラオケに行く。