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猫と人と

車で10分ほど上って行くとこじんまりとした展望台と広場、人が来てるのかどうか分からないような宿泊施設がある山が近所にある。
カメラを持ってどこかに出かけようかどうしようか遅めの昼食をとりながらぼんやりと考えていたが、天気は生憎の曇り空。
夕方からは雨予報も出ていたので足取りは重かったが、何となくふらりと数年ぶりに近所の山に行ってみる事にした。

春先は少しばかりのソメイヨシノや八重桜が咲くのだが、他にこれといって見所があるわけでもない寂れた場所。
今の時期に撮れるモノなんかあるのだろうかと思いながら頂上に着き、車を降りたらすぐにそれは視界に入ってきた。

猫だ。けっこうな数の猫だ。
以前訪れた時には全く存在してなかった野良の猫たちが10数匹住み着く山になっていた。
「よし、今日は猫だな」
夕飯を決めるようなノリの軽さで猫を撮り始める。猫の写真。そう、猫の写真というだけである一定の人気は確保されたも当然。勝利を確信した。

「野良猫が増えています。猫に餌を与えないで下さい」
市の環境課が立てた看板を横目に見ながら、しばらく写真を撮っているうちにふと疑問に思う事が浮かび始めた。
そもそも何故こんなに猫がいるんだろう、と。
写真を撮りながら気づいたが、その周辺にいる猫のほとんどがかなり人慣れしている。
足下に体を寄せてくつろぎ始める猫もいるくらいだった。

30分くらい経った頃だろうか、駐車場に1台の車が停まり初老のおじさんが降りて来た。
カメラを持っていた私が物珍しかったのだろうか、近くまで来て少し挨拶を交わしていると、集まって来た野良猫を眺めながらおじさんがぽつりと言った。
「見かけないのが1匹いるなあ」

多くを話したわけではないが、おじさんが言うにはどうやらいつのまにかその山は捨て猫の山になっているらしく。
捨てられた猫同士でも子供を産む、また新しく捨てられるという感じで増えてるらしい。
しかし、そうは言っても単なる山。広場や展望台があっても民家があるわけでも餌になりそうなものがあるわけでもない。
おじさんが時折、様子を見に来て猫缶を与えて生かしてるんだそうだ。

そんな話をしているとやがてもう1台の車がやってきた。
お婆さんとその息子さんらしき人が猫の餌を手に歩いて来ておじさんと挨拶を交わす。どうやら猫仲間らしい。

周囲にいる猫はもともと飼われていた猫もいるとは言っても今は完全な野良。増え続けてもおそらく場所も場所だし良い事にはならない。
しかし、おじさんたちが山に通って餌を与えないと猫たちはおそらく死ぬ。あまり警戒心のない可愛げのある猫たちが死ぬのはなんとなく嫌だ。
なにをどうするのかが正解なのか分からない光景だなあ、そんな事を考えながら
私はその時、食料となりそうな物を持っていなかった事に対して安堵していた。その場で答えを出す事を回避できたからだ。

「数日前に少し山を下ったとこまで歩いていたら頭蓋骨を見つけてね」
おじさんが山を歩いていると鷹か鷲のような鳥が飛び立って、その方向に歩いて行くと見つけたと教えてくれた。
新入り猫の頭を撫でながらおじさんは語りかける。
「なあ、おい、お前。なんで捨てられたんだ?こんなにおっきくなるまで育てられたのに。やっていけるのか?こんな山ん中で」

何を話せばいいのか分からない私はいつの間にか写真を撮る事をやめて、手元のカメラを持て余しながらただボンヤリとその光景を眺めていた。
お婆さんとその息子さんらしき人も近くにはいたが、しゃがみ込んで、ただ黙って猫を撫でている。
猫が好きで、猫が可愛いから遊びに来たわけではない人たち。
なんとも言えない空気の中、ぽつぽつと雨が降り始めた。
「ほら、早く雨宿りしないと濡れちゃうぞ」
おじさんが猫たちに話しながら歩き始めたタイミングを見計らい、軽い挨拶をして私は山をおりた。
そんな休日だった。