2023津軽海峡横断敗戦記
はじめに
このnoteは、2023年7月にリレーによる津軽海峡横断泳にチャレンジし、ゴールできなかったチームが、どのような状況でどうなったかということを、事実をベースに記録するものです。
津軽海峡横断泳とは
青森側(小泊)から、北海道(松前)までの直線距離約31キロの海峡を、泳いで横断するチャレンジのことです。
津軽海峡はオーシャンズセブンと呼ばれる世界7海峡のひとつで、7つの海峡を単独ですべて渡ることはオープンウォータースイミングにおける名誉ある冒険となっており、世界からチャレンジャーが訪れます(達成したのは2023年時点で21名)。
また、このチャレンジはリレーで行うこともできます。単独泳の達成記録とするためにはウェットスーツの着用はできませんが、リレーでは(そもそも単独泳ではないため)ウェットスーツの着用は自由です。
海峡横断泳は、海を知り尽くした漁船の伴走のもと、安全に行われます。費用としては漁船チャーター等で70万円程度+旅費・滞在費が必要となります。申し込みはオーシャンナビさんが受け付け、各国からのエントリーをオーガナイザーとしてサポートしてくれます。
年間でチャレンジできるのは十数組ですが、各国からのチャレンジャーも多く、申し込んでも数年待ちは当たり前となっています。
津軽海峡の場合は、制限時間は10時間ですが、延長料金を支払えば14時間まではアタックを続けることができます。ただし、すべての判断は船長の指示に従う必要があります。
チャレンジのコンディション
チャレンジを成功させるためには、泳力は当然必要ですが、何よりも自然が相手のため、コンディションが大変重要となります。気候・天気・潮流・波(風)、どれ一つとっても大きく結果を左右します。
チャレンジの実施は、3~4日間の候補日程期間を現地で待機し、最も良いコンディションとなるであろうスタート日時を船長が指定します(前日に決まります)。
これまでの津軽海峡横断チャレンジ
2022年までのリザルトを見ると、単独泳(ソロ)の成功確率は約6割、リレーの成功確率は約8割となっています(荒天中止を含まず)。
ソロでの最短記録は約7時間30分、リレーでの最短記録は約6時間40分(12人でのチャレンジ)です。
2023年の津軽海峡横断チャレンジ
一方、我々がチャレンジした2023年は、12組チャレンジして、成功率0%(2023年7月25日時点)です。
津軽海峡に一体何が起きていたのか。我々のチャレンジ結果からひもときます。
我々のチャレンジの結果
公式記録から分かる結果は以下の通りです。
男性6人でのリレーチャレンジ(ウェットスーツ着用)
2023年7月24日午前3時48分スタート
2023年7月24日13時46分(約10時間)リタイア
気温24度~31度、水温24度~25度
獲得距離21km(青森と北海道の真ん中より若干手前地点)
残念ながら、制限時間の10時間経過した時点でゴール地点に到達の見込みがなかったためリタイアという結果になりました。
10時間泳いで獲得距離21kmということは、平均時速2.1km、100メートル進むのに平均2分51秒かかっている計算になります。
我々はメンバー全員OWSレース経験豊富なトライアスリートで、普通にプールだったら100mを1分10秒~30秒くらいで泳げるので、今回の津軽海峡ではだいたい、倍近くの時間がかかったということになります。
津軽海峡のコンディション
時間がかかった理由は、ほぼ潮流の影響によるものです。小泊から松前までは直線距離で31キロなのですが、日本海から太平洋に向かって流れる潮の流れがあるため、潮に逆らいながら西から回って北海道に到着する、というルートが基本となっています。
船長が事前に見せてくれた想定ルートでも、実際に泳がなければいけない距離は約41キロになっています。10時間で41kmというのは、100mを1分30秒より速いペースで泳ぐ必要があります。
とはいえ、潮の流れが良ければ、ほぼまっすぐ距離を稼ぐこともできます。オーシャンナビのHPに2016年の実際のルートが掲載されています。
ピンクの長谷川さんのルートは理想的ですね。
富永さんは73歳でソロ完泳されています。マジリスペクトです。
黄色の本間さん、濃いピンクのAbhejaliさんのラインみたいに、北海道まであと数キロのところで急に潮流が左から右へ(西から東へ)速くなるのが、例年の傾向でした。
なので、最後の数キロで流されても良いように、緑や水色のチームのルートを想定して戦略を練るのがゴールデンルートです。
傾向としては、夜・深夜の時間帯の潮が一番穏やかで、日の出から徐々に潮の流れが速くなります。気温が上がるほどに潮の流れが速くなる、というのが津軽の常識でした。
そのため、「最後の数キロで勝負する」ための体力を温存しつつ、東に流されないよう北を目指すが正解なのだろうと、現地に到着するまでは考えていました。
2023年の潮流はこれまでと全く違う
「今年は誰もチャレンジ成功してないのはなぜでしょう?潮流はどうなってるんですか?」
船長との事前ミーティングで出た質問です。
「以前は北海道に近いところが流れが早かったが、今年は、海峡のほとんどの部分で流れが早い。潮流の早さも異常。5ノット(=時速9キロ)近くになることもある。地球規模の複雑な環境変動の影響があり、予測はできない。windy等の予想はあてにならない、実際に海に出てみないと複雑な潮は分からない。逆に、追い潮になる可能性もある」
というのが、船長の回答です。
事実、我々の前日のアメリカ人チャレンジャーも、相当な力量の選手だったのですが、8時間少々でリタイア(到達不能との判断)になっています。
「今年はずっとこうだ」
というのが、船長のコメントでした。
例年のようにゴール間際の数キロ、だけではなく、スタート直後から、ずっと潮に逆らう必要があるとのことです。我々は、少しでも西への距離を稼ぐために、最初から5分交替で、メンバー個々の全力をスタートから交替で出し続ける、という作戦にせざるを得ませんでした。
当日の実際の環境を考察する(1)
こちらは当日の潮流予測です。
小泊を出発してから、すぐに北東向きの流れにぶつかる予想でした。
チャレンジがスタートしました。最初はほぼ波は立っていませんでした。
船はほぼ真西を向いています。泳者は、その船に平行して泳ぎます。
最初は西に進みつつ、潮の影響でちょっとずつ北へずれる、というのが理想のルートになります。
スタートから約30分後の、自分の実際のログはこんな感じでした。
自分は、プールでの5分間泳だったら350メートルくらい進みます。この時も、最初からクライマックスで泳いだので350mくらい進んでいる感覚がありました。
それが、地球上の絶対移動距離では242メートルしか進んでいませんでした。
つまり、こういうことです。
スタート直後の逆潮で、約100メートル戻されている計算です。
ざーっくり計算すると、約0.8ノットの迎え潮があったことになります。
皮算用では、最初は5分交替で個々が全力で飛ばして平均時速4キロを狙う、という作戦だったのですが、結果的に平均時速3キロにも到達しませんでした。
当日の実際の環境を考察する(2)
環境は、
・北海道側に近いほど潮の流れが強い
・気温が上がるほど潮の流れが強い
・風が強くなるほどうねりや波が高い
というトレンドがあります。
ですので、コンディションが多少良いはずの早朝に距離を稼ぐ必要があったのですが、それは叶いませんでした。
案の定、5時間後にはさらに西から東へ強い潮流が襲いかかってきました。
船首は、まだほぼ真西(むしろ西南西?)に向いているにも関わらず、GPSログは、どんどん北向きになってきています。つまり、西への進行がほとんど相殺される状況になってしまいました。
船長やオーガナイザーのアドバイスで、5分回しをさらに短くして、3分全力で出し切って交替する、という戦略を取り始めました。3分間の全力泳で、220メートルくらいは泳いだつもりの体感のログがこちらです。
左に進んでるつもりが、左斜め上に進み、最後ちょっと右に戻ったような軌跡になっています。最後の軌跡は、交代時に泳ぎを停めたものです。つまり、スローダウンするとすぐに右斜め上(北東)に流されるというカレントでした。
こうなってくると、西への距離が稼げません。
流れに逆らわず、北に進路を取ればどうなるか?ざっくり約1.6ノット(時速約3キロ)の東向きの潮流ですぐに東に飛ばされ、北海道には到達せず、竜飛岬もしくは良くても下北半島に到着することになります。我慢、我慢だ、と、チームメンバー全員歯ぎしりしながら耐える時間でした。
さて、全体の軌跡はというと、時間はかかっているものの、順調に目的地に進んでいるように見えたようです。
ですが、さすがに時間がかかりすぎ。ここからさらに潮が強くなるし、波も立ってくる訳です。
当日の実際の環境を考察する(3)
粘らないとどんどん東に流される。
粘るために、全力で西に泳げ。
流水プールの流れる向きに逆らって泳いでいるのと、感覚的にはほぼ同じで、精神も削られます。
そんな中、気温が上がり、横からのうねりも強くなってきました。
風も強くなり、白波が立つようになってきています。
通りかかったタンカーに、波がぶつかって、大きな水しぶきを上げているのがわかります。
全く前に進まない流水プールで、たまに横からひっくり返るようなうねりと波がぶつかってくる。そんな状況で、いつか潮目が変わるかもしれない、とメンバーは耐えていました。
おなじみとなった図で、今は冷静に分析できていますが、3分間うねりと波に耐えて全力で泳いだにもかかわらず、GPSウォッチ上は63メートルしか移動していなかった時は自然への無力感を感じました。
※余談ですが、GPSウォッチはこのアクティビティを3分間のリカバリスイム(ゆるゆる泳ぎ)と判断してて笑うしかありません。
とうとう、どれだけ全力で西に頑張っても東に戻されるようになったため、北海道への到達見込みは無くなりました。最後は、チームとして10時間の制限時間でどこまで進めるか、というチャレンジに切り替えました。
最終結果は、以下の通りです。
10時間のリレー実施
メンバー6人、各25回の全力泳(5分or3分)
総移動距離約21km
北海道と青森のほぼ真ん中まで到達
コンディションについてまとめ
対前日比
前日のチャレンジャーは、8時間19分でリタイアしましたが、約21キロの移動距離を獲得していました。ソロで我々リレー10時間分と同等の距離を獲得していることになります。
「昨日と比べてコンディションどうですか?」
と船長に聞いたところ、やはり、
「昨日はもっと潮も穏やかで波も無かった」
という回答でした。
当たり前ですが、泳力(ソロのチャレンジャーがどんな選手でも、さすがに遠泳ではリレーの方が平均スピードで勝ります)よりも、コンディションの影響が非常に大きいチャレンジということです。
2023年のチャレンジ全体
一番距離を稼いだチャレンジャーのGPSログを船内で見せてもらいました。スタート直後に絶好の追い潮(北向きのベクトルが強いカレント)があり、2時間で8キロ(!)も進んでいました。そんな選手でも、約30キロ進んだところで、西からの潮流に流されてのリタイアでした。その時の潮流はなんと約4ノットだったそうです。
全体的には、
西からの潮流が、例年と比べて強い
西からの潮流が、例年と比べて長い(最初から)
という傾向は間違いなく、これは、地球規模の環境(ラニーニャ現象、スーパーエルニーニョ等)と局地的な環境(チベット高気圧、太平洋高気圧、津島海流等)が複雑に作用するとのことで、原因はよく分かっておらず、今年だけなのか来年以降も続くのかすら不明です。
2023年からの特殊要因
以前のチャレンジでは、泳者が発光リングを装着して23時とか1時とかの深夜にスタートしていたこともありましたが、今年のチャレンジは決まって4時前後(日の出で明るくなってから)のスタートとなっています。
泳ぐための環境だけでいえば、普通に考えたら、深夜にスタートして、暖かくなる前にゴールするのが一番良いはずですが、潮流の予想にかかわらず、今年の他のすべてのチャレンジャーはすべて「4時スタート」が基本でした。
2022年のKAZ 1(カズワン)の事件を覚えていますでしょうか。知床で行方不明となり、数十名の行方不明者を出した遊覧船事故です。
運営会社に相当の瑕疵があったと指摘されていた事故ですが、同時に当局(海上保安庁)の監督責任についても、厳しい指摘がありました。
ミーティングの際に、この事件への言及がありました。現在、当局から具体的にどのような指導を受けているのかは聞けておらず、この部分のみは憶測となりますが、泳者が船上から確実に視認できることが重要視されていたと感じています。
感想
以上、本記事はファクトを中心にレポートしました。ご質問などありましたらできる限りお答えしたいと思いますが、個人の感想や思うところは、公開範囲を限定してFBなどにアップしようと思います。
ただ一つ言えることは、あえなく打ちのめされ悔しかったですが大自然と全力で遊んでもらえて二度と無い経験ができ、後悔はありません。本当に充実したチャレンジでした。