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44 誘われたつもりだった公募

昔の話である。ある大学で公募が出た。大学院生の頃からずっと狙っていたポジションだった。
しかし、そのとき私は専任教員として大学を移ってまだ2年目。私のいる業界では「任期なしのポジションを得たら最低3年は動くな」という暗黙のルールがあった。どこでもそうか。
研究仲間からは「そんなこと気にせず出した方がいい」と勧められ、その大学に勤める知人からも「うちに出すんでしょう」と言われたが、なぜか決断できなかった。

・当時の大学に雇っていただいた恩義を感じていた
・公募が出ている大学は日本縦断レベルで遠かった
・大学を移るたび、居住環境、教育研究環境、人間関係がリセットされることに耐えられなくなっていた
・命からがら前の大学を逃げ出して、大学には地獄も天国もあることを知り、外から見て憧れている大学が実は地獄である可能性も考えるようになっていた

要するに公募戦士として戦意を喪失していた。どうせ出しても採用されないことはわかっている。万が一採用されたら嬉しいが、また新しい環境に適応しなければならない。貴重な若手時代の研究時間をさらに失ってもいいのか。しかし、こんなチャンスは二度とないだろう。

なにをしていても頭の中は公募のことばかりだった。ある日、職場のメールボックスに一通の手紙が届いた。封筒に件の大学のロゴが入っていたので焦った。誰にも見られないように研究室に持ち帰ると、「こういう公募を出すので、よかったら応募してください」という手紙が入っていた。差出人は知らない人で、検索してみるとその学部の教授だった。

どこで私のことを知ってくれたのだろうか。
全くの望み薄だと思っていたが、思ったよりも採用の近くにいるのではないか。

そして悩みに悩んで書類を用意して応募したが、あっさり書類選考で落ちた。

こういう手紙を真に受けてはいけないことを知ったが、それでも知らない先生に認知していただき、応募を促してもらえたことは嬉しかった。