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バカの壁が招くイタリアの政治危機

マリオ・ドラギ首相が辞任して、イタリアのお家芸の政治危機が始まりました。

近年は野心家のマッテオ・レンツィ元首相が政権をぶち壊す悪役を多く演じてきました。

だが2019年には政権与党だった極右「同盟」のマッテオ・サルビーニ党首が、第1次コンテ内閣を破壊しました。

そしてその2年後には、再びレンツィ元首相が悪役を演じて、第2次ジュセッペ・コンテ政権が崩壊しました。

その後に成立したマリオ・ドラギ政権が7月21日、事実上空中分解したのです。連立政権内の今回の裏切り者は、「五つ星運動」党首のジュゼッペ・コンテ前首相です。

自らの政権を木っ端みじんにされたコンテ前首相が、今度は他者の内閣を引き裂いた恰好です。

もっともドラギ政権の崩壊には、コンテ前首相に加えて同盟のサルビー二党首、ベルルスコーニ元首相などの反逆もからんではいますが。

コンテ前首相は、2021年の首相辞任後に彼の政権を支えた五つ星運動の党首に迎えられました。

つまりコンテ前首相はそうやって、極左の真っ赤なハチマキを巻き付けて吠えるポピュリスト政党の党首になりました。

とたんに彼は、自身が首相当時にNATOと約束した防衛費増額を認めない、と言い出して約束を平然と破る過激論者の一端を示しました。

そしてロシアがウクライナを侵略すると、彼のボスである五つ星運動創始者のベッペ・グリッロ氏に追随して、ロシアのプーチン大統領を擁護する立場を取りました。

五つ星運動は、ロシアと中国にきわめて親和的な組織。創始者のグリッロ氏はトランプ主義者でもあります。

2019年、イタリアはEUの反対を無視して、G7国では初めて中国との間に「一帯一路」構想を支持する覚書を交わしました。

その時のイタリア首相は件のコンテ氏。覚書に署名したのは、当時五つ星運動の党首だったディマイオ副首相。今は外務大臣です。彼もコンテ氏同様に中国が大好きな男です。

コンテ前首相とドラギ政権の対立が決定的になったのは、前者がイタリアのウクライナへの武器供与に強硬に反対したことです。

コンテ前首相は、武器の供与が戦争終結を遅らせる、と考える人々に近いように見えますが、実はプーチン・ロシアへの忖度が背後にあります。

彼は、武器に金を使うならイタリアの貧者を救済しろ、と叫ぶのが得意です。

ウクライナ危機は欧州危機であり、ロシアに対抗することが欧州の一部であるイタリアの救済にもつながることを理解しません。あるいは理解しない振りをしています。

五つ星運動の旗艦政策は、ベーシックインカムすなわち最低所得保障です。

五つ星運動党首で前首相のコンテ氏が、貧者を救済しろと吼えるのは、彼の政権が導入した最低所得保障制度を死守したいから。

それは五つ星運動の最大の票田につながっています。

イタリアの貧富の格差は開き続けています。

弱者はいうまでもなく救済されなければなりません。だがそのことを盾に金をバラまく五つ星運動のやり方は無残です。

金をバラまくのではなく、それが確実に弱者に行き渡る仕組みを作り、同時に仕事を創出する政策を考えるのが為政者の役割です。

現行の制度では多くの不正受給が明らかになっています。また特に南イタリアでは、予想されたようにマフィアやカモラなどの犯罪組織が交付金に喰らいついています。

言いにくいことを敢えて言いますが、怠け者で補助金に寄りかかることが得意な者も多い地域では、仕事をしない若者が増えています。

たとえ仕事をしても、報酬を闇で受け取って失業中を装い給付を受ける、という者も多い。

働き者が多い筆者の住む北イタリアにおいてさえ、給付金を目当てに仕事をしない住人が増えて、人手不足が深刻化している現実さえあります。

五つ星運動のバラ巻き策は、百害あって一利なし、というふうです。いや、真に貧しい弱者へ行き渡る金もあるのですから、百利のうち五利ぐらいはあるのかもしれません。

それでもやはり、バラまき策は人心をたぶらかし、嘘と怠惰と不誠意を増長させると筆者は思います。

またウクライナが危機に瀕し、欧州もそれに巻き込まれている現在は、ウクライナに武器を供与して他の欧州の国々と共にロシアに対抗するべきです。

欧州の民主主義と自由と富裕は、ロシアのような覇権主義勢力の横暴を黙って看過すれば、たちまち破壊される類いの脆い現実です。それらは闘って守り、勝ち取るものなのです。

それは断じて戦争を推進するべき、という意味ではありません。攻撃され侵略された場合には、反撃し守りぬくべき、ということです。

欧州が破壊されイタリア共和国が抑圧されれば貧者も金持ちもありません。誰もが等しく地獄に落ちます。コンテ前首相と彼の周囲の過激論者にはそれが分からないようです。

4年前、イタリア政界に彗星のようにあらわれた素人政治家のコンテ氏は、世界に先駆けてコロナ・パンデミックの地獄に沈んでいたイタリアに、全土ロックダウンという前代未聞の施策を導入してこれを救いました。

あっぱれな仕事ぶりでした。

当時イタリアは、国家非常事態宣言下にありました。政府は議会に諮ることなく、閣議決定だけで法律を制定することができました。

コンテ首相はその制度に守られてほぼ自在に規制を行いました。

未曾有のコロナ恐慌に陥っていたイタリアの国民は、コンテ政権が打ち出すロックダウンほかの強烈な規制を唯々諾々と受け入れました。それしか道がなかったからです。

コンテ首相にそれなりの求心力があったのは確かですが、空前のパンデミックの中では、あるいは誰が首班であっても成し得た仕事だった可能性も高い。

ともあれ危機を抜け出したコンテ首相を待っていたのは、彼自身と彼を支える五つ星運動が「体制側」とみなして反発する政治勢力の巻き返しでした。

連立を組む小政党が離脱してコンテ政権は立ち行かなくなりました。またその前には冒頭で述べたように、連立相手の同盟が反乱を起こしてコンテ政権は危機に陥ったことがあります。

そして2022年7月、今度はコンテ氏率いる五つ星運動が反旗を翻して、ドラギ政権を崩落させました。彼はそうすることでイタリアに再びの政治危機をもたらすことになりました。

それはイタリアではありふれた政変劇です。一見するとカオスに見えますが、それがイタリア政治の王道です。

地方が都市国家の意気を持ち続けているタリアでは、中央政府の交代劇は深刻に捉えられはするものの、各地方はそれぞれが独立独歩の前進を試みようとします。

試みようとする意志を固く秘めています。だから大きくは動揺しません。それがイタリアの最大の長所である多様性の効能です。

だからといってコンテ前首相の罪が消えるわけではありませんが。。。

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