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イタリア大統領が無敵の専制君主になる時節

イタリア大統領って何者?

イタリアでまた政変があり、例によって通常は何の権限もない飾り物の大統領がふいに強い力を発揮しまた。

マタレッラ大統領が辞表を提出したドラギ首相の申し出を拒否して、もう一度連立工作をするよううながしたのです。

ドラギ首相は大統領の命令に従って連立工作を試みました。だが、議会最大勢力のポピュリスト政党「五つ星運動」の裏切りはくつがえらず、ドラギ政権は崩壊。9月に総選挙が行われることになりました。

国家元首であるイタリア大統領は、上下両院議員と各州代表の投票によって選出されます。普段は象徴的な存在で冒頭で触れたように実権はほとんどありません。

ところが政治危機のような非常時には議会を解散し、組閣要請を出し、総選挙を実施し、軍隊を指揮するなどの「非常時大権」を有します。大権なのでそれらの行使には議会や内閣の承認は必要がありません。

政府が瓦解するなどの国家の非常時には、かつての絶対君主を思わせるような強い権力を行使することも許され、機能しない議会や政府に代わって単独で一切を仕切ることができます。

いわば国家の全権が大統領に集中する事態になるのです。


対抗権力のバランス

イタリア共和国は政治危機の中で大統領が議会と対峙したり、上下両院が全く同じ権限を持つなど、混乱を引き起こす原因にもなる政治システムを採用しています。

ムッソリーニとファシスト党に多大な権力が集中した過去の苦い体験を踏まえて、権力が一箇所に集中するのを防ぐのが目的です。

憲法によっていわゆる「対抗権力のバランス」が重視されているのです。

議会は任期が満了したり政治情勢が熟すれば解散されなければなりません。議会が解散されれば次は総選挙が実施されます。総選挙で過半数を制する政党が出ればそれが新政権を担います。

その場合は大統領は、政権樹立に伴う一連の出来事の事後承認をすれば済みます。それが平時のイタリア大統領の役割です。

しかし、いったん政治混乱が起きると、大統領は一気に存在感を増します。


民主主義の権化vs民主主義の真髄

イタリアの政治混乱とは言葉を変えれば「大統領の真骨頂が試される」時でもあり、「大統領の“非常時大権“の乱用」による災いが起きるかもしれない、微妙且つ重大な時間でもあります。

例えば2018年の第1次コンテ政権誕生を巡っては、見方によっては大統領の非常事大権の乱用ではないか、とさえ疑われる事態が起きました。

当時マタレッラ大統領は、五つ星運動と同盟の「ポピュリスト連合」が推薦したコンテ首相候補をいったん否認しました。

もっと正確にいえば、首相候補を介して五つ星運動と同盟が提出した閣僚名簿のうち、財務相候補のパオロ・サヴォナ氏を拒否することで、コンテ内閣の成立を一度は阻止しました。

マタレッラ大統領は、憲法に沿って「制度としての大統領の権限」を行使したのです。

民主主義制度の権化のようなイタリア大統領が、たとえ連立とはいえ過半数を制した2政党が政権を樹立する、というこれまた「民主主義の正統な制度」に真っ向から挑むというジレンマに陥りました。

そしてマタレッラ大統領は、自らと並立する民主主義の正当な仕組みの片方を敢えて否定する道を選びました。


道義的責任

なぜそれが可能になったのかというと、イタリア大統領には制度として国家非常事態の際に議会に対抗できる力を持つと同時に、道義的な理由で時の政権や議会に物申す権限も託されているからです。

イタリアはEU圏内最大規模の累積債務を抱えて呻吟し、借金を減らすための緊縮財政をEUに迫られてこれに合意しています。五つ星運動と同盟が主張するバラマキ政策が実施されれば、イタリア経済はさらなる打撃を受け国民が不幸になり、EUとの約束も守れなくなります。

マタレッラ大統領は、EUへの信義や国民生活を守るという「道義的責任」に基づいて、反EU且つ反緊縮財政の立場を採るサヴォナ氏を否認し、それによってコンテ内閣全体も否定しました。

その結果、既述のごとく、五つ星運動と同盟の2大ポピュリスト勢力による政権樹立も、取りあえず阻止する形になったのです。

いわば欧州の良心、あるいは民主主義国家の道徳意識の体現ともいえる理由での大統領の政治介入は、先に触れたように制度上の権力行使と並んで受容されるものです。

大統領が自身の良心に基づいて、時の政権や議会に介入できる仕組みは、実はイタリア大統領の専売特許ではありません。ドイツ大統領などにも共通する欧州発祥の基本原理です。

例えばドイツのシュタインマイアー大統領は2017年、ドイツ総選挙後に政治空白が発生した際、連立政権に参加するように、と社会民主党に強く働きかけました

その行為は制度上の合法的な動きであると同時に、EUの結束を鼓舞しドイツの極右勢力を抑制する、という大統領の「道義的」心情も強く反映したものでした。


問題点

そうではあるもののしかし、マタレッラ大統領が2018年、制度的権限と道義的権限を併せて行使して、ポピュリスト政権の成立を阻んだのは、2つの意味で問題があります。

一つは単純に、民主主義国家のイタリアで、選挙の洗礼を受けた2政党が、連立を組み過半数制覇を成し遂げて、政権樹立を図った真っ当な行為を妨害したこと。

もう一つは、マタレッラ大統領が元々左派の民主党に属し、民主党と同様の「親EU主義者」である点です。

彼は成立しかけている連立政権が、自らの政治信条に合わない「反EU・反体制のポピュリスト政権」だからこれを潰した、という見方もできます。それは権限の乱用と指弾されても仕方のない動きでした。

事実、五つ星運動のディマイオ党首は当時、連立政権の樹立が拒否されたことを受けて、マタレッラ大統領を弾劾にかけると公に宣言しました。

筆者はEU信奉者であり、五つ星運動と同盟のほとんどの政策には違和感を覚える者です。ですからマタレッラ大統領の心情が理解できます。

そうではあるものの、長い連立協議を経て政権合意に至った五つ星運動と、同盟の両党が政権を樹立する権利は認めなけれならない、とも考えます。民主主義の重要原理の一つは主義主張の違う者を認め尊重することにほかなりません。

マタレッラ大統領はコンテ内閣の成立を阻んだ直後に、自らの権限でEU信奉者のカルロ・コッタレッリ氏に組閣を要請しました。それには議会多数派の五つ星運動と同盟が猛反発しました。

紛糾の末に、五つ星運動と同盟は、財務大臣候補にローマ大学のジョバンニ・トリア教授を立てて、再びマタレッラ大統領に閣僚名簿を提出。今度は大統領が承認して第1次コンテ内閣が船出しました。


歴史は繰り返される

そして今回、マタレッラ大統領はドラギ首相の辞表を受け入れず、政権の維持を要請するなど強い権限を発動しました。

そしてドラギ首相が連立工作に行き詰まると、首相の再びの辞任要請を受け入れて、議会を解散し総選挙を行う決定を下しました。

イタリアはコロナパンデミックによる経済・社会的な打撃からの回復が遅れて呻吟しています。そこにウクライナ戦争が起きました。イタリアの経済、社会はさらなる窮地に陥っています。

そんな中、ほぼ全政党の信任を受けたドラギ内閣は、首相の強いリーダーシップと明確なビジョンを武器に目覚ましい仕事を続けてきました。

ところが五つ星運動の独断とエゴによる狂気じみたアクションを受けて、ドラギ政権はあっさりと終焉を迎えました。

政権を倒した五つ星運動党首、コンテ前首相へのイタリア国民の怒りは大きく、同時に国家の先行きは闇の中です。

イタリアは再び政治混乱の季節に入りました。総選挙の後の政権樹立を含め、国家の舵取りは混迷するのが必至です。

再び、再三再四、マタレッラ大統領が非常時大権を駆使して共和国をリードする可能性が高い、筆者と思います。

この先しばらくは、イタリアの政情から目が離せない日々が続きそうです。

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