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彼に貸したお金が「高い勉強代」になるまでの話⑥「借金坊やの生存確認」

私は男心というものがよくわからなかった。
付き合いの長い男友達がいるわけでもなく、職場での関わる男性は自分の父親よりも年が上の方ばかりだ。

同年代に近い、私と同じように、異性関係で悩むような男の子はいなかった。

幸い、異性経験が豊富な女友達はいた。

小学生時代からの友人であり、趣味や仕事、家族の話など、なんでも話し合える間柄だったが、恋愛における行動パターンが私とは正反対だった。

その子にはこの彼との件では何度も救われた。男心に触れてきたからこそ、私に新たな視点や気づきを与えてくれたのである。

その子との話の中で、「ナイチンゲールだって全員を救えないのだから」と言われた時は衝撃が走った。

私は、家庭での経験や、保育士という職業を続けてきた中で、寄り添いだけでは足りないと考えていたからだ。

何か行動しなくてはという気に駆られるが、彼にとっての要望は私にとっては1番と言ってもいいほどやりたくないことだった。

では、他に、私ができることの中で彼が喜ぶことは何か。常にこの思考だった。

本当の彼と向き合っていなかったのは、実は私も同じだったのではないだろうか。

「ただいてくれるだけでいいんだよ」という、
客観的なアドバイスにも納得できなかった。



私は誰にも相談せずに、彼のもとへ生存確認をする2泊3日の旅を計画した。

その時、既に恋人関係ではなかったが、計画時の心情は今でもはっきりと覚えている。
感覚的には『親友のピンチを救いに行く』。幼稚な表現だが、心の底から真っ直ぐにそう思っていた。

これまでだって、連絡がスムーズにいかないこともあったし、何より既に別れている関係だ。

私に未練があっても、相手はスパッと切り替えていることだって大いにあり得る。
直接会える可能性は5%くらいだなと、強がりや会えなかった時の心の保険などではなく、冷静にそう考えていた。

彼の身を本気で心配している人がいると、彼が知るだけでよいと思っていた。

全く眠れないまま、当日を迎えた。

2022年の12月だった。
早朝4時、どの国との対戦かは忘れたが、ワールドカップの日本チームが出場していた。
キックオフと同時に家を出たのを覚えている。

(いいスタートダッシュだ)
なんて呑気なことを考えていた。

誰にも秘密の1人旅に、目的を忘れる時間もあった。私のこども心すなわち冒険心がくすぐられる。

朝方といっても、極寒で真っ暗な外の景色、電車の窓から厩舎が見えた。
コースをのびのび走る馬を見て、少し得した気持ちになった。

空港に着くと、一人では初めて乗る飛行機に緊張感が増した。

病は気から、ともいうが私はすぐに感染症にかかる。そのため、この旅で体調を崩したらどうしよう、という不安にも駆られた。
飛行機の待ち時間、何か食べなくてはとも思ったが、食べ物を見るだけで満足してしまった。

せっかく空港に来たのに、勿体ない。

でも、お金を切り詰めて来たのも事実だ。食費は最低限にするつもりだった。

飛行機の座席について、仮眠をとり、福岡に着いたと同時に彼へ連絡を入れた。午前10時半頃だったかと思う。

「とても心配だったので、
今、飛行機に乗っています。生存確認です。」

もっと柔らかい表現だったかと思うが、伝えた内容はこのような感じだった。

飛行機から、高速バスに乗り換える。
平日の昼間だったため、そんなに混んではいなかった。

目的地行きのバス乗り場は私と、何が入っているのだと不思議に思うほどの大荷物(ドラクエのトルネコ商人のよう)を引っ張っているおじさん(以降、トルネコ)の2人だった。

トルネコは、私を見るなり、「小倉に行くんですか?」と目的地がおじさまの地元であることを続けて話してくれた。

それに対し、私は大変無礼者である。
「そうです。治安、悪いですか?」と聞いていた。

愛想よくを意識したが、寝不足と水しか飲んでいないせいで、脳直で聞いてしまった。

トルネコは笑いながら、語ってくれた。

「昔はそうだね。今は〇〇会の組長さんが逮捕されたりとか、色々組織に変化があるようで、堅気に手を出すような緊張感はなくなったかな。たぶん、警察もそういう組織の人たちもチャイニーズマフィアの問題の方で手一杯なんじゃないかな。結構その辺の地域に増えてきて。警察もお守りとして、敢えて組織の一部を追放せず、黙認しているような感じだよ。」
(※これはトルネコ氏の見解です。事実とは異なる部分もあるかと思われます。)

あまりに詳細に、かつリアルな地元民トルネコの証言から、私はRPGの世界にいるのか?と、 
現実と想像の区別ができなくなってきた。

そのあとはおすすめの食べ物を教えてくれた。
焼き鳥が1番美味しいそうだ。

一通り談笑した後に、トルネコは言った。

「彼氏に会いに行くの?」

彼氏ではないが、内心ドキッとした。

「人に会いに行きます。
 会えるかわからないけど。」

一期一会の相手であっても、私は正直に答えてしまうやつだ。

「会えるといいね。」

トルネコの言葉に少し切なくなったが、ちょうどバスも到着した。
トルネコは私の荷物を運ぶのを手伝ってくれた。 なんて親切なトルネコだ。

私もトルネコの謎の大荷物を運ぼうとしたが、
「いいよいいよ」とトルネコは軽々と運んでいった。
ますます、何が入っているのかが気になった。

3時間程バスに乗り、トルネコも途中下車した。
「楽しんでおいでね~」と最後まで良いトルネコだった。

一方、私が送った彼への連絡は、未だ既読がついていない。
そわそわする心を紛らわそうと、見慣れない山景色をぼんやり眺めることにした。


目的地の駅前に辿り着き、驚いた。
なんだかとても東京と似ている。
都会的、といったら見下しているように聞こえるかもしれないが、初めて来た気がしなかったのだ。

キャリーケースを引いて、予約したホテルに向かう。
まだ、チェックインの時間前だということはわかっていたため、荷物だけ預けようとした。

ホテルのお姉さんは「寒い中、外に返すのも可哀想だから」と、客室のグレードアップと、チェックイン時間前にも関わらず、部屋を開けてくれた。
さすがおもてなしのプロ。一気に気分が高揚する。

部屋はシングルからツインの部屋に変わっていた。隣室から家族の笑い声が聞こえる。
いつ入浴するかで、祖母が家族内でチーム分けを指揮っていた。

私はどっと疲れが襲い、2時間寝ることにした。

LINEの通知音で目が覚めた。時間は15時半頃。
彼から返信がきていた。

「なんてことしてるの」
「来ちゃだめだよ。帰って。」

寝ぼけながらも(飛行機の時間は決まっているのだから帰れないでしょう)と冷静に彼にツッコミをいれていた。
急に反抗的な心である。

私はただ心配して来ただけでは終わらせたくなかった。お金以外にも解決方法があるということを彼に伝えるため、事前に元暴力団の組長S氏(現在は慈善事業で活躍中)からアドバイスをいただいていた。

暴追センターにも一度、ダメ元で相談したが「男女関係である」認識を強く持たれてしまい、全く相手にされず、寧ろあしらわれる対応で悔しさを味わった。(きっとそうなるだろうと予測はできていたが、視点を変えてみてほしいと主張したものの、全く聞く耳持たずなのは結構しんどかった。)

頭をフル回転させ、情報提供者を、と探していた時にS氏インタビュー動画を見つけた。

S氏は裏社会を知るものとして、引退後、インタビューを受けていたりとリアルな経験談を発信している。
堅気での生活での挫折から、ビジネスに対する考え方、這い上がったプロセスに衝撃を受けた。

S氏はSNSのDMを開放していた。
運が味方している!と思ったが、
返信がこない可能性もある。
やるしかないと、こちらもまたダメ元でS氏にDMを送った。

勿論私は漫画や映画の世界でしか、裏社会というものをわかっていない。S氏には彼が語る状況をありのまま伝えた。

そして、すぐさま返事がきた。奇跡的だ。

S氏からの返信内容は経験されているだけあって、生々しくもあったが、彼が助かる方法について、現実的な意見を複数教えてくださった。
その中の1つとして、やはりお金で解決という方法もあったため、彼が置かれている状況がより現実味を増したことを覚えている。


そして私は彼に5分で終わるから聞いてほしいといったが、彼は「会えない」という。
勿論電話も不可だ。
自由な時間がない、というのだ。

じゃあたらたらLINEを続けている今はなんなのだ。
違和感がとまらないが、純粋な気持ちを持たねばと私も情緒が忙しい。

私はしかたなく、メッセージ上でS氏からのアドバイスを彼に送った。

この記事を読んでいる方はお気づきだろうが、私もなかなか恩着せがましい。
S氏のアドバイス含め、彼へ送ったメッセージには、あなたのためにここまでしているという、私の感情の押し付けが表れていた。

それがより、自分自身を「可哀想な人」にさせていることには、まだ気づいていない。

彼の反応はあっけなかった。

「うん」
「せっかく来てくれたのに、会えなくてごめんね」
「会うと弱音しか吐かなくなるからいやなの」

イラついてしまった。

稚拙で甘ったれた話がしたいわけではない。現実的に、解決につながる話がしたかったのだ。

苛立ちを堪え、心に寄り添うことをした。女優になるのだと自分に言い聞かせた。

だが、この選択は誤りだったと思う。

私が怒りの感情を隠し、優しさだけを意識して見せたことが「共依存」という関係をより強く、複雑なものへと変えてしまう。

結局、私が提供した情報も、彼にとっては既に知っているようだった。
実際に試したかは不明だが。

そして、彼とのやりとりはどこにも着地することなく終わった。

私は夜にホテルから出て、1食くらいは現地のものを食べることにした。

切ない思い出だけで終わらせてなるものか。
これは意地だ。

ホテルの近くにうどん屋さんがあった。
そこで日本酒を飲んで、ほろ酔いだった。

帰り、繁華街近くを歩いた。黒服の人間がちらほら立っている。

彼も夜の時間帯で働いていると言っていた。

似たような仕事をしているのだろうか、そういう世界の人は煌びやかなお姉さんたちに囲まれた仕事もあるのだろうか、と、その時は夜職とはほぼ無縁だった私は浅はかな嫉妬心を勝手に抱いていた。

(お金があったら、助けられるのに。)

次第に金銭的欲求への執着も生まれ始める。

⑦に続きます。

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