『カタシロ Rebuild』に考える現代演劇のかたち

 『カタシロ Rebuild』は間違いなく、今の演劇のかたちに大きな媒体で可能性を示した重要な公演であった。
 2021年4月29日にYouTube上での全公演生配信という形で幕を開けたこの舞台は、お笑い芸人から精神科医、ゲームクリエイター、アスリートなど多くの出演者によって上演され、計17公演をもって終了した。既に第2回公演が告知されているほど大きなプロジェクトになったこの『カタシロ Rebuild』という作品は一体どのようなものなのか。そしてどうして人々に受け入れられ、人気を博したのか。本文では傾向の分析等によって作品を紐解いていこうと思う。

 まず、この作品を語る上で外せないのが『クトゥルフ神話TRPG』と呼ばれるゲームの存在である。
 クトゥルフ神話とはハワード・フィリップス・ラヴクラフトを中心として創作された架空の神話である。後にクトゥルフ神話の核なる部分とも称される小説『クトゥルフの呼び声』の原題である『The Call of Cthulhu』から略してCoCとも呼ばれる。この神話においては謎の祭儀を行う教団、太古の人類外によって造られた古代都市遺跡の探検、怪物との遭遇、さらにはそれら秘密を知ったゆえに登場人物達が命を狙われる展開が多く描かれ、非常に二次創作性に富んだ神話設定であると言える。
 TRPGは「テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム」の略称であり、ゲーム筐体やコンピューターを用いないダイスやカードなどを用いて進行する会話型RPGである。通常のRPGでは登場人物達の行動の多くは選択肢が限られているのに対し、TRPGにおいてはキャラクターを自らが演じつつ、会話によって創造される世界観設定の中で次の行動を無限大の可能性からプレイヤーが選択することが可能である。近年ではオンラインセッションと呼ばれるDiscordやSkypeを用いたセッションが開かれ、オンライン上でダイスやカードを管理するシステムが登場するも、根本的なコンピューターに頼らない人間同士の会話によって成立するゲームという部分は変わっていない。この自由度の高いゲーム性こそが、人気を獲得する大きな要因である。
 そして、先述したクトゥルフ神話の世界観設定を前提としたTRPGこそが『クトゥルフ神話TRPG』と呼ばれ、今現在多くのプレイヤーを抱える一大コンテンツである。『カタシロ Rebuild』の基となる『カタシロ』は当初、この『クトゥルフ神話TRPG』のゲームシナリオの1つとして公開されたに過ぎない、二次創作作品であった。

 先に注意しておいていただきたいのは基となった『カタシロ』はゲームであり、『カタシロ Rebuild』は演劇であるという点である。
 2020年7月に作者であるディズム本人のYouTubeアカウント上で生配信の形で(公開としては)初プレイされたのが『カタシロ』というゲームである。クトゥルフ神話TRPGの中でも最新のルール(通称:新クトゥルフ/ルールブック第7版のルールを採用したもの)を適用した新シナリオとして視聴者に公開された。これが人気を博する最初の段階だったと思われる。

 『カタシロ』はクトゥルフ神話TRPGの中でも一風変わった特性を持ち合わせた作品だと思う。
 まず、視聴者がいる前提でのプレイが想定されている点だ。作者のディズムをはじめ、後に『カタシロ』のキーパー(進行役・ゲームマスターのこと。以後KP)となるまだら牛、しまどりる、むつーなどにも通じて言える話であるが、自身のYouTubeやニコニコ動画のチャンネルでの動画化・配信を予定した上でシナリオの公開を行う事が多々ある。これはあくまでも楽しみ方の一環であるが、それによってシナリオの構成や内容が理解しやすいものやキャッチーなネーミングであったりすることも傾向の中で言えることだろう。
 『カタシロ』においてもその傾向は顕著であり、確信的なものの上で設定されたものが多いように感じる。例えばシナリオを購入すると付属するBGMリストであったり、クトゥルフ神話の要素自体の少なさにその傾向が窺える。視聴者が入り込みやすく、尚且つ視聴者自身の手で再プレイができるような準備がなされているのだ。
 もう一つが対話を軸にしていると言う点である。初回配信時から多くの会話によって成立している。キャラクター性を剥き出しにし、PL(プレイヤー)自身の考え方にまで干渉させるその形態は視聴者にとってゲストであるPLをより深く知るきっかけになり得るのである。多種多様なゲストとプレイすることで視聴者はより物語の幅を知り、ゲストを知ることになるのだ。こうして双方のファンになっていくという例を少なくとも周りで何例も見ている。

『カタシロRebuild』という演劇はこの『カタシロ』の特異な部分を丁寧に抽出した作品だと感じる。
毎公演異なるゲスト、キャラクターという枠を取り払った対話、完全無料配信という形態。その形はプレイングシアターやイマーシブシアターに徐々に人気を上げてきた演劇業界に新たな側面を提示するものだった。
またディズム本人の口からもあったように“二つとない過程と結末”が『カタシロRebuild』の売りである。だからこそ複数回の再演であっても同じ視聴者が楽しめる。これは今まで役者や演出によってしか複数回の観劇を想定できなかった常識を覆すもので、発展途上の形態、つまりはプレイングシアターやイマーシブシアターに対しても同様のことが言える。

『カタシロRebuild』というプロジェクトがどうしてここまでの人気を得ることになったのか、その部分に迫りたい。
まずはストーリーが明解だという点だ。フランス古典演劇の世界には三単一の法則という考え方がある。実はこの『カタシロ』(及び『カタシロRebuild』)という作品の大枠の流れは比較的これに沿っているのだ。「場の単一」としては病院、さらには手術室という詳細な場所が挙げらる。「時の単一」としては三日間に渡っているため単一とは言えないが、その三日間という時間の中での流れは統一されており、日常と化す過程であるとも言える。そういう意味で単一ではないもののそれに近しいものではあると考える。そして「筋の単一」。この作品においてはこれが顕著である。あくまでゲストは医者という人物と話すことで記憶を失った自分やこの状況を把握するということに終始するのだ。ここが最初から最後まで絶対にブレないようシナリオは構成されている。
そして発展性だ。『カタシロ』というシナリオは極限まで単調な言い方にするとシンプルである。登場人物の人数、場所、シーンの転換、構成の全てが誰にでも分かる再現性の高いものだ。そしてそれが更なる発展性を呼んだと考えられる。実はこの『カタシロ』は『カタシロRebuild(第二弾の侵蝕を含める)』以外にも派生を産んでいるのだ。それが『カタシロ アナザー』『カタシロ+S』である。本文はあくまで演劇について述べるためこの2作についての詳細は控えるが、この派生作品の更なる進化も考えられる。

現代演劇において、視聴者は物語体験であったり参加している感覚というものを求めている傾向は否めない。
イマーシブシアターは2000年代にロンドンで始まった文化だが、2010年代には日本でもプレイングシアターや体験型のイベントが増えてきたように思う。
『カタシロRebuild』はきっと新しい演劇のかたちだ。そしてこの流れは加速する。既に業界で活躍している人たちがこの文化に参入し始めた今、その勢いは止まらないだろう。だからこそ、この作品には作品本体以上の価値があるのだ。

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