【ドラマ感想】放課後カルテ#1「保健室にはなるべく来ないでもらいたい」【再見後版】
※初見時の感想から構成を変更・加筆しました。放送翌日に書いた初見後感想はこちらです。
はじめに
前回の記事で、私は『このドラマは「原作を尊重」し、「世界観をより深く理解」するとはどういうことなのか、日テレの答えを示す作品になる』と書いた。
現在もこの考えは変わっていない。原作の雰囲気を感じるところも違うなぁと思うところもあるこのドラマがどうなるか、期待と不安を抱きながら視聴した。見終わったあと抱いたのは戸惑いと混乱。名前も材料も味も同じはずなのに食感が違う料理を食べているような、奇妙な居心地の悪さだった。
当初は最終回まで感想を書くつもりはなかったのだけれど、感じたことは残しておいた方がいいだろうな、と思ってこの記事を書いている。
※ドラマ本編および原作漫画のネタバレがあります。
画像出典のページ数は電子書籍版準拠です。
原作エピソード紹介
ドラマ版第1話は原作第1話および第2話が大元になっている。まずはこれらのエピソードについて。
原作第2話・笹本拓真の物語
第2話は、転校してきたばかりの少年・三好和哉と拓真の友情の物語だ。「秘密基地でダニに噛まれて感染してしまう」という点は共通だが、疾患がライム病からツツガムシ病に変更されている。国内ではツツガムシ病の症例が多いらしいのでその関係だろうか。
このエピソード最大の変更点は、和哉が全く登場しないこと。テーマが大きく変わったのもあり、原作とドラマでかなり印象が変わる話だと思う。和哉見てみたかったなぁ。
原作第1話・野咲ゆきの物語
文字通り放課後カルテはじまりの物語。ドラマ版は友達との約束をすっぽかしてしまう姿や孤独に苛まれる様子が具体的に描写され、よりゆきに感情移入させるような作りになっていた。
ストーリー上の大きな変更点は「ここにいてもいい?」、「当たり前」の問答だと思う。詳細は後述。
違和感が大きいところ
別の媒体で展開していた作品を映像化するに当たり、変更せざるを得ない点はどうしても出てくる。
居心地の悪さを感じた原因は、変更点を受け入れ難かったからだろう。端的に言うと、先生達の性格がだいぶ変わった。
序盤のわりに丸い牧野
ドラマ版牧野は、原作初期の牧野より大人に見える。保健室のベッドで寝ていたゆきを見つけるシーンなどが顕著だろう。ドラマでのやりとりは体調が悪いわけではないのを確認してから「じゃあ勝手に寝るな」。対し原作では体調も聞かずベッドから引っ張り出し、
この言動である。ここまでのことは言わないからか、キャストさん達が言うほどドラマ牧野は怖く見えない。むしろ伝え方が不器用なだけで値は優しい人なのだとわかる。……だけど拓真を診に山へ行くシーンでは悠々と歩いてたんだよなぁ。そこは走ってほしいんだけども。
初めてティザービジュアルを見たときに感じたのは懐かしさだった。子どもたちの真ん中で嫌そうな表情の松下さんを見て、序盤はこんな感じだったなーと思ったものだ。
ドラマの牧野は周囲の声をすごく気にしている。篠谷に言われて笑顔を作ってみたり、拓真に指摘されて保健だよりを虫画像付き論文のようなものから変えたり。コミックスを読んでいる頃は誤解されても周囲から悪く思われても信念を曲げずに突き進むタイプに見えていた。上司以外の言葉も素直に聞いているの、微笑ましいけどちょっと意外。
無神経すぎる篠谷
ここまで悪く描かなくてもいいじゃないか。それが彼女に対する一番の感想だ。配慮の薄い、無神経な台詞ばかり増えている気がする。
特徴的なのが、ゆきと一対一で面談していたときに言っていたこれだろう。原作の面談シーンではここまでの発言はしていない。
本人や児童たちの前で居眠りの原因を決めつけることもなかったはず。
篠谷の魅力は、自分の感情やどう思ったかを素直に出せるところ。
牧野とのやりとりはお互いに気持ちを誤魔化さず、まっすぐぶつかり合うところがいいのだ。児童たちの気持ちを推測して嫌味を言うんじゃなくて、もっと自分がどう感じているのかをストレートに伝えてほしい。それが篠谷だと思うから。
一方ストーリーの都合か他の学年だった児童たちも篠谷のクラスに固まっており、彼女のストレスが今から心配になってしまう。まだ信用し切れていないであろう牧野に本音を吐露していたのは、限界が近いサインなのだろうか。
別人と化した藤岡
牧野や篠谷の影に隠れているが、性格の違いが最も大きいのは平岡祐太さん演じる藤岡。原作では厳格で威圧感があり、当初は牧野のことを迷惑とすら言っていた人物である。
ドラマではすっかり険がとれ、爽やかで優しそうな好青年に見える。特に体育館から去る児童たちや牧野を見守っているシーンには耳を疑う台詞があった。これだ。
「男の保健医なんてそもそもオレは反対だったんだ」とは真逆とも言える台詞。それ藤岡が言うのか。リアタイ視聴してたとき声が出てしまった。
また、原作では保健だより用のカットを描いている芳野が
と言っていた。この人はそう言わないだろう、と思ったことをピンポイントでやられてい。
でも芳野が絵を描けるのを牧野が知って、カットを頼むような展開があるならそれはそれで面白そう。
「ここにいてもいい?」
原作エピソード紹介でも触れた、ゆきとの「ここにいてもいい?」「当たり前」の問答。
ドラマでは牧野が答えていた。ゆきが牧野に向けて問いかけていたのもあり、これはこれで自然かもしれない。ゆきが言う「ここ」は、学校全体を指しているように聞こえる。
だがここは、原作を読んでいて教室で友達が「当たり前」と言ってくれることに意味があるシーンだと感じていた。同じことを言われたとしても、先生に言われたのと友達に言われたのでは受け取り方が違う。
それにゆきが指す「ここ」=いたい場所は教室のはず。みんながゆきの元から去っていくイメージの場所が教室だったあたりから推測するに、これはドラマでも変わらないだろう。クラスメイトの心ない発言に居場所をなくしていたゆきが、ミカの言葉や行動で居場所を取り戻す。この一連の流れが教室で起きていて、クラスのみんなが見てる。そこがすごく大事なシーンなのだ。
だからここはミカ達に「当たり前」と言ってほしかった。台詞の一部は保健室の外で回収されたし味方になってくれる人も増えたけど、見たかったものは違った。
よかった変更点
今回は様々な箇所に変更や描写が追加された。今までは否定的なことばかり書いてきたが、好感を抱いた部分もある。次はその話をしたい。
役割の明示
今回の冒頭では、牧野が小学校の保健室への赴任を命じられた時の様子が回想されている。保健室に医師が常駐する、というのは特殊な状況だ。どういったお題目で小学校へ行くことになったのか、何ができて何ができないのかを明示するこの回想は、非常に重要なシーンだと思う。序盤に入れてくれるのすごく大事。
岩見が残したもの
牧野が初めて入った保健室。そこの壁にはたくさんの手作りの張り紙が張られ、室内はかわいらしく飾り付けられていた。
ファイルにまとめられた用紙には、子どもたちがどんなことを訴えていたかが書かれた付箋が貼られている。
どれも岩見の仕事ぶりが垣間見えた。どんな保健室を作ってきたかがわかる、いいシーンだと思う。私はすごく好き。
入り口にあった「ようこそまきのせんせい」は、誰が作ったんだろう。
子どもたち
全体的に子どもたちの追加描写は丁寧。大人たちに抱いたような不自然さはあまり感じなかった。
特にいいと思ったのが、クラスのみんなに啓を紹介するシーンで「名前かっけー!」と盛り上がる藤野と話し中寝てしまったゆきに不快感をあらわにするれいか。両者とも性格的に自然だと思えた。今後きっと活躍するであろうふたりを、序盤から印象づけていくのはいいことだと思う。
テーマの明確化
保健室で牧野と篠谷が対話するシーンには、作品のテーマが詰まっている気がした。特にそう感じたのがこの台詞。
苦しいと言えない子、言わない子をどう支えていくか。原作とドラマ、両者に共通する重要なテーマだと思う。これを初回に投げかけた意味は大きい。
さいごに
こうしてまとめてみると違和感の原因は台詞の再振り分けが主な気がしてきた。この第1話では台詞を言う人物が原作と変わっているところが複数ある。性格や考え方の違いを考慮せず発言者だけを変えているから、「その人にそれ言わせるの?」と思ってしまうのではないだろうか。
予告から察するに、次回も複数のエピソードを掛け合わせたものだろう。どのような感想を抱くのか。
それはまだ、誰にもわからない。
画像出典
コミック本編画像:
放課後カルテ 1巻
日生マユ/講談社(2012年刊・IBSN:978-4-06-380338-9)
ページ数は各部参照