後悔ばかりじゃないから。
令和。 新しい元号が発表されたとき、たまたま書店で書いた一枚の抽選券が 当たり だった。
太宰府天満宮がメインの日帰り旅行だった。仕事で行けないな、とも思ったが、初めての万葉集からの 令和 って元号には希望を覚えた。
一人で行くのか、って迷ったが参加したいと代理店に連絡をいれたのだが、あっさりと行けなかったのだった。
入院して、私は病院のHCUにいたからだ。
飛び梅、見たかったな。 東風吹かば 匂い起こせよ 梅の花 って歌を口をパクパクさせて、心電図に繋がれて点滴されながらぼんやりとつぶやいていた。
看護師さんが えっ、なんて? って訊いて来たが私はもう黙っていた。
ダメだ。 ダメだお前、今、俺がどこから今日帰ってきたのか知ってるか?
いいえ。わかりません。
鹿児島だ。 お前を見つけた、運んだ日も鹿児島と大分の往復だったんだ。
申しわけありません。
退院は遅れた。 迎えの都合が合わないからだ。
ゆーさん、いつもご主人にあんな敬語なの?なぜ?あなたは彼の妻なのよ?
看護師さんが悲しそうに言いながら面会から帰る彼を追いかける。
・・・・ゆーさん。心配していたわよ?ご主人はあんなでもあなたを、あなたを愛してるよ。
ああ、そうなのか。
東風吹かば・・・・私の心はどこか遥か彼方に飛んで行ってしまっていた。
退院が決まり、莫大な医療費の支払いを彼はしてくれて真夜中に退院してマンションに帰った。 ちゃーちゃんが静かに待っていた。
私はそれからしばらくは仕事復帰はできなかった。まだ安静と安息が必要だったからだ。 そして旅支度を本格的に始めなければならないと決意をしたのだ。
令和。 うるわしく美しい平和な年の悲壮な決意だった。
資本がいる。 ダブルワークを始めた。その反面、夫婦として二人の関係も修復もしたいと願った。
荷物を整理してだんだんマンションは片付いていく。
会社から帰るとまた着替えて仕事に行く。
コツコツ貯めた旅費と物件を借りるための資金。 赤いスーツケースを買った。
大分発 羽田行き。ANA。片道の飛行機。ちゃーちゃんを健康診断に連れて行く。
彼は忙しく、朝は早くに夜は真夜中帰宅してくる。 長い距離を毎日走るから仕方ない。 仕事なのだ。
これから私を何が待ち受けているのだろうか。
ベランダからちゃーちゃんと見た最後の景色。
さよなら さよなら。
涙がこみ上げた。
さよなら さよなら。
ちゃーちゃんを大分空港で別のキャリーに移さなければならなかった。
翌日帰るとはつゆとも思わずに。
飛行機は只今、明石海峡の真上を飛行しております。 アナウンスが流れ、一時間遅れはしたが程なく羽田に着いた。
赤いスーツケースと猫入りのバスケットが私の荷物だった。
サングラスの下は涙が溢れていた。
こちふかば にほひおこせようめのはな あるじなしとて・・・・呪文のようにつぶやいて。
真夜中に目的地につき、なんとペット不可ではないかと愕然とした。
どうしよう。私はいい。バチが当たったのだから。だけどこの子は。
スカートの中に潜り、ついには口で猫は呼吸を始めた。 しまった!ああ、この子を殺すのか。 何が令和だ。
着いた土地にも友人はいたのだが頼りたくなかった。
私はブレーカーを落として駅までなんとかタクシーでたどり着き、泣いていた。
こちふかば・・・・。帰ろう。
帰らないと決めたあの街へ。
JRで新幹線。また新幹線。そしてJR九州小倉駅へ。
こちふかば・・・・。奇跡よ起これ! この子を助けなければ!
クルマイスが用意され、電車を乗り継いで。
夏なのに催花雨みたいな涙が頬を伝う。
帰ろう。 大分へ。
ソニックのアナウンス。ナレーションを初めて丁寧に聞いて美しい景色が、懐かしい海が見えて私は更に泣いた。
たった一日だけ羽田に行き、翌日戻ってしまっただけだが本当に過酷な旅だった。
飛び梅にとりつかれていたようだった。
東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな
そう この歌をつぶやいて大分から羽田へ。東京から大分ヘ私は長い、そして短い苦しい旅をしたのだ。
あの日。 当選はがきが来ていなかったら。道真公の歌を友として長い旅には出てはいなかったかもしれない。
日本は美しい。 水平尾翼横の窓から見下ろした日本は本当に美しかった。ソニックから見た大分の海も、あのアナウンスも。故郷、大分の美しさをはっきりした日本語は私に大きな転機をくれたのだ。
大分。
懐かしく、美しい。我がふるさと。
ただいま。
おかえりなさいって聞こえた気がした。
ゆー。