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なぜ日本での子育てはこんなに苦しいのか(序)

私は子供のころからの萩尾望都のファンである。この萩尾望都の短編に、川辺の木の下に立って、ある少年の成長を見守り続ける女の人の物語がある。季節が変わり、少年が成長していく、それをただ、遠くから見続けている女性は、時が経っても少年と違って年をとることがない。やがて少年は大人になり子どもを連れて家族で土手を散歩するようになる。その、中年期に差しかかったもと少年が、木の下にたたずむ女性のもとに駆け寄っていうのだ。「おかあさん、おかあさん、ぼくはもう、大丈夫だよ」。それをきいて、女性は笑って涙を流し、風と共に天に溶けていく。

2年前、息子が訪ねてきて、結婚して父親になると聞いた時の私の気持ちは、そんな感じだった。

私は離婚してシングルで子育てをしてきたので、子にしてやれなかったことへの後悔が自分の中に常にあった。でも、子育てのなにが悪かったとかどうすればよかったとか、もはやそれは私の領域ではなくなったということが、その時に腑に落ちたのだった。

私は、子どもがまだ幼児だったころに、地方の小規模自治体での初めての学童保育立ち上げ運動を主導したことをきっかけにして、行政の制度や仕組み、その自分(たち)への影響に関心をもつようになった。なぜ子育てがこんなに苦しいのか。なぜ行政の制度はこんなふうに決まっていくのか。なぜ子を放置しなければ働けないような仕組みのままなのか。そうして働くと、子持ちは無責任だといわれる。そのような状況の中で、自立しろ自立しろといわれる。

自立とはいったいなにか。厚生労働省の自立の概念によると、『「自立」とは、「他の援助を受けずに自分の力で身を立てること」ほかに依存しないで自分の力で生きていくこと』とある。https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/04/s0420-6b2.html

しかし、いったいこの社会で、他の援助を受けずに自分の力で身を立てている人など、存在するのだろうか。

離婚前に別居していたころ、子は、週に一回、父親のところに泊まりで会いに行って一緒に過ごしていた。しかし、やがて夫は仕事が忙しいと、お泊りができなくなり、夫と子が会う間隔も徐々に遠くなっていった。当時はまだ別居状態だったので彼は法律上もまだ子の保護者だったにも関わらずだ。

いったいこのような状況を、厚生労働省は、自立と定義するつもりなのだろうか。表面上は、(もと)夫は、大企業の中間管理職で経済的には『自立』していたのかもしれない。しかしその自立はなにによって成り立っていたのだろうか。仕事をしていたら子に会うことすらできない、逆に言えば、子育てをしていたら仕事ができないような環境の中で、いったいどのような『自立』が可能だというのだろうか。

子育てするなかで、私は日本の子育て環境の整備が不十分だと感じてきたし、今も、私が子育てしていた時代に比べればマシかもしれないが、ここ30年近くで進展が大きくあったとまではいえないと思う。

日本で子育てが苦しい背景には、日本における女性への差別と女性の労働搾取があると思う。それは、子育てだけに関わることではない。ほかの多くの問題が、このことと繋がっていると思う。私がなぜそう思うかを、私はこれから、ここで、少しずつ書いていくつもりだ。

それに際して、国際比較をしたいと思う。私はドイツ語圏に長く住んでいた。当時の親友があるとき妊娠をして、ボーイフレンドと結婚するかどうか検討しているという。経済的には、結婚しないでシングルで育てたほうが制度上、有利な部分があるという。しかし結論として彼らは「経済的な有利よりも法的な関係によって自分たちや子の権利を守りたい」と決断し、結婚した。今から40年以上前のオーストリアでの話だ。

私はドイツ語の技術系の通翻訳をしていた期間があり、日本に帰ってきてから、大学の研究室でバイトをしていた時期もあるので、行政の制度の調べ方などのコツも今ならわかる。日本での教育は、英語が世界共通語であるかのような扱いなので錯覚しがちだが、ヨーロッパにおいては、ドイツ語が通じるエリアは広く、私が暮らしたオーストリアだけではなく、ドイツ、スイス、ルクセンブルク、リヒテンシュタイン、ベルギーでも公用語だ。ネットでアクセスできるだけでも、十分すぎるくらいの資料があるはずだ。そのあたりから手を付けていこうと思う。

日本の子育てや女性をめぐる制度にはずっと疑問を持ってきた。ただ、私が子育てをしていたころはまだ、今のようにネットでどの国の文献にも簡単に安価にアクセスできるような環境ではなかった。あの頃にはできなかったことが今の環境ならできる。現地の制度と日本の制度の違いを明らかにして改善を提案したいのであれば、自分で資料を探してきて読めばよいのである。

ようやく子育ても終わった。今年は、そういうことを調べたり書いたりしはじめる年にしたい。


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