死刑囚52号
【死刑囚52号 序 過去について】
独房暮らしも長くなると、看守が長い長い廊下の先のドアを開けただけの僅かな音でも判別がつくようになる。
足音は徐々に大きくなって、おれの檻の前で止まった。囚人を入れておく独居房に「檻」などという表現は不的確かもしれないが、とにかくここはそれほどにひどい場所だった。
「――52号」
死刑囚52号。それがおれの名前だ。本当の名などとうに忘れた。
「少しばかり『用』ができた。出てもらうぞ」
声の調子で、いつもの看守ではないな、と悟った。
「前のやつはどこに行った?」
おれは鉄の足枷を鳴らしながら、やや凄んで言った。まだ若い看守は、それでも動揺するそぶりを見せなかった。
「それについて、訊きたいことがあるそうだ――場合によっては、仮釈放ということもあり得る」
「何……?」
今さら、娑婆に戻れというのか。四半世紀以上を檻の中で過ごしたこのおれに?
「最近、死刑囚の監視をしていた人間が連続して姿を消している」
「それがおれに関係あるってのか?」
「わからない。ただ52号、お前は――」
優秀な探偵だったと聞いている。
看守の言葉に、おれは全身から血の気が引いていく感覚を覚えた。
死を待つだけだと思っていた檻の中に、封じた筈の記憶が、うねりを伴って流れ込んできたのだ。
◆
上等なスーツを仕立て、いかにも品のいい雰囲気を纏わせてカフェの席に座る初老の紳士は、死刑囚、という言葉が想像させるある種の野蛮さとはまったく無縁だった。
「あの……」
私は紳士に話しかける。多額の前金を受け取っている以上、臆するわけにもいかない。この稼業は信用商売なのだ。
「あなたが、52――」
瞬間、彼のぞっとするような冷えた視線が私を射貫いた。私は思わず足を竦ませる。
「ああ」
地の底から響いてくるような、低く、おどろおどろしい声だった。
「そうだ。おれが、死刑囚52号さ。待ちかねたよ、探偵さん」
【つづく】