神様からのおくりもの
「わたしはね、これは神様がくれた・・おくりものだと思っているの」
娘のことで悩むといつも思い出すのは、落ち込んでいた私の前に風のように現れ、笑顔で道を示してくれた素敵な人のこと。
ありがとう──たった数分だけの出会いだったけれど、あなたのおかげで私は今も娘の笑顔を守れています。
はじめての夏休み
「はぁ・・しんどいわ・・」
娘が小学生になって初めて迎える夏休み。
英語教室のイベントに参加するため、私たちは炎天下のテーマパークに来ていました。
体調を崩している私を気遣って「しんどいか?家にいればよかったのに」と声をかけてきた夫。
「体は大丈夫。これから先の事を考えてたら 心の声が口からもれちゃっただけ。心配かけてごめん。」
「夏休みの間は学校のことは考えないようにした方がいいんじゃないか?」
「そうなんだけど・・娘の担任は『熱心な無理解者』だったし、『ダブルバインド』状態になってるから、このままだと娘は二次障害を引き起こしちゃうかもしれない。娘の友達はもう学校生活をエンジョイしてるみたいなのに・・うちは運が悪かったとしか言えないよ」
ため息をつく私に、夫はどう声をかけていいかわからずただ黙りました。
『熱心な無理解者』とは、無理解なのに熱心に介入して子供を苦しめてしまう支援者のことを指します。
少し前まで、私も夫も熱心な無理解者でした。
娘は軽度の発達障害(現在はASD)でしたが、外見上は普通の子供と変わらず、障害の特性も今ほど目立っていませんでした。身体的な困難も外見からはほとんど分かりません。
私達はそろって『娘は厳しい一般社会で生き抜かなくてはならない』と思い込んでいて、少しでも健常の子に近づけようと躍起になっていました。
ママ友に誘われて佐々木先生の講演会に行き、そこで「熱心な無理解者」という言葉を初めて知りました。
「どうしよう・・あてはまってる部分がいくつかある・・」
その日から 少しずつ私と夫は意識を変えてきました。娘が就学する前にこの間違いに気づけたことは、今振り返っても本当に良かったと感じています。
『ダブルバインド』は矛盾した二つの意見で混乱させてしまうこと。
「お母さんと先生で言うことが違う時があるんだけど、そういう時に私はどうしたらいい?どっちの言う事を聞けばいいの?」
先生と私達の方針が真逆の状況は明らかに良くないと感じ、話し合いを試みましたが、残念ながら私の意見は全く受け入れられませんでした。
「私には私のやり方があります。支援と言いますがそれは甘やかしでしょう?一般社会で生きていく子なのですから助けよりも一人でなんでもできるようにする事を第一に考えるべきです。」
先生と話をした日、娘から言われてしまいました。
「今は学校にいる時間の方が長いからあまり先生に嫌われたくないの。だから先生にはもう何も言わなくていいし連絡帳にも書かないで」
突然目の前に現れたラスボス級の「熱心な無理解者」に手も足も出せず、事態が悪化したまま夏休みを迎えてしまいました。
そして冒頭の「はぁ・・しんどい・・」に繋がります。
ただひとつ救いがあるとすれば、夫と私が「熱心な無理解者」を知り、すでに意識を変えていた事。
もし知らないままだったら、誤った方向に意見が合った両親と先生から「普通の子になりなさい」と娘は一日中厳しく指摘され続けていたでしょう。
楽しくスタンプラリー
英語教室のイベントは、テーマパーク内にある指定されたお店に行き、英語で買い物をしてから店の前にあるスタンプを押すというものです。
「パイナポープリーズ!」
「はいどうぞ!」店員さんがパインバーを娘に渡しました。
「センキュー!!」
凶器になりそうなぐらいガチガチに凍っているパインバーを、知覚過敏と闘いながらかじっていると娘がお願いしてきました。
「お母さん、イベントが終わった後もここで遊んでいっていい?Mちゃんと一緒にスタンプラリーの続きがしたいの。」
Mちゃんは娘と同じASDの子。二人は違う学校なので英語教室のイベントでしか会える機会がありません。
学校生活がつらい分、せめてここでMちゃんと楽しく過ごしてほしい・・
ゴール付近でMちゃんママを見かけた私は急いで声をかけにいきました。
ちょっと不思議な出会い
英語教室のイベント終了後、一緒に遊ぶ事を快諾してくれたMちゃん家族と合流し スタンプラリーの続きを始めました。
めったに会えなくても会えば楽しそうに遊ぶ二人。
はしゃぎながらスタンプラリーを進めていきます。
私とMちゃんママは お互いの近況報告をしながら子供達の後ろをついていきました。
「あそこに動物がいるんだよー!Mちゃん行こう!!」
突然、広い道を一直線に走り出した二人。
その先に 松葉杖を2本使ってリハビリをしているらしいおばあさんの姿が。
あっ!ぶつかってしまう!
必死で「危ない!前を見て!!」と叫ぶと、おばあさんの松葉杖ギリギリのところを二人は走り抜けていきました。
冷や汗をダラダラかきながら、おばあさんのところに行き「すいませんでした」と頭を下げ、走っていく子供達を追いかけました。
動物ゾーンに到着すると、二人は小屋の中にいる羊に「でておいでー」と声をかけていました。
残念ながら暑さで馬以外の動物はみんな小屋の中です。
息をきらしながら柵につかまって休憩していると、馬が人懐っこく寄ってきて鼻先をナデナデさせてくれました。
「むっちゃかわいい! 疲れがとぶ~✨」
動物愛が強すぎてむしろ嫌われやすい私なのに普通に撫でさせてくれて・・なんて優しいの。
羊を呼び続ける二人に「馬さんは触らせてくれるよー」と声をかけましたが「でかいから怖いー」と断られてしまいました。
馬の顔を撫でながらMちゃんママと雑談していると、突然サァーーーーッと涼しい風が吹きました。
「気持ちいいな~ なんか今すごくいい風が吹いたね・・あれ?」
馬が一点だけをじっと見つめている事に気がつきました。
ご飯の時間?と思い 視線の先を見ると、さっきのおばあさんがこちらに向かって歩いているのが見えました。
突然 背後から「わぁ~!ひつじさんでてきてくれたー」と二人の声。
ふりむくと、2頭の羊が小屋から出てきて 娘とMちゃんにわしゃわしゃと撫でられていました。
「ここ山羊とリャマがいたんだね。」女性二人が話しながら、小屋から出てきたばかりの山羊やリャマの写真を撮っていました。
おばあさんが近くに来たら出てきた動物達・・これって偶然?
おばあさんは私とMちゃんママの近くに立ち、にこにこしながら馬に向かって話しかけました。
「お前さん、私が遠くにいる時からずっと見ていてくれたね。いい子だね・・さぁ、おいで」
馬はゆっくりとおばあさんの方に行きました。
思わず「すごく懐いてますね!呼んだらちゃんとそちらに行きましたね!」と興奮気味に声をかけました。
(普段の私は人見知りで初対面の人には声をかけられません)
おばあさんは、ふふふ・・と笑いながら言いました。
「久しぶりに来たけど、そういえばこの辺りには馬がいたなと思ってねぇ。前はリャマのところにラクダがいたんだけれど いなくなっちゃったのね。」
「え?ここ来るの久しぶりなんですか?」
「そう、久しぶりなんですよ。ふふ、じっと見つめてきてかわいいねぇ。」
馬は優しい瞳でじっとおばあさんを見つめています。ちょっと(いや、かなり)うらやましい。
「こんなに動物に好かれるなんて羨ましいです。私はいつも一方通行で・・小学校に山羊がいるんですけど、遊びにいくといつも角で襲いかかられるし ネコには例外なく嫌われるんですよ。」
思わず初対面の人に『報われない動物愛』を語ってしまう私(恥)
おばあさんは「ははは」と高らかに笑ってから昔話をはじめました。
「これはねぇ、昔からなの。どうも動物に好かれやすいみたい。私は学校に少ししか通えなかったの。ずっと家の山羊のお乳を飲んで過ごしていたわ。」
(・・・・・・・!)
「動物とはね、不思議と意志が通じるというか・・動物達が私の言ってる事をわかってるような感じがするの。それは私が小さい頃からなの。近所の人もその事を知っててね、犬が吠えるのをやめさせてくれってお願いされて行くでしょ?『こら、もう吠えるのやめておうちにいきなさい』って言うとね、ピタリと吠えるのをやめておうちに帰っていくの。」
周りを見渡すと、リャマも山羊もいつの間にか馬の柵の近くにいて、おばあさんの方をじっと見つめていました。
羊だけは子供達にワシャワシャされていて、それどころじゃなかったようですが。
おばあさんはとても素敵な笑顔を私達に向けて言いました。
「わたしはね、これは神様がくれた・・おくりものだと思っているの。」
(わぁ・・なんて素敵な笑顔をする人なんだろう)
なんともいえない不思議な気持ちに包まれていたら「そろそろ次のスタンプに行くー」という娘たちの声で一気に現実に引き戻されました。
「素敵なお話をありがとうございました」とお礼を言うと、おばあさんは優しい微笑みを浮かべながら「気をつけてね」と手を振って見送ってくれました。
あの笑顔を娘にも
家に帰ってからもおばあさんの笑顔がなかなか頭から離れませんでした。
ひょっとしたら、小学校に通うようになってすぐに骨か筋肉の病気になってしまったのだろうか。
それでもおばあさんにまったく悲壮感はなかった。
おそらく障害があったら学校には通えない時代・・・。
突然歩けなくなり学校にも行けなくなってしまったというのに、なぜあんな素敵な笑顔ができるのだろう。
きっと、おばあさんのお母さんは 不自由な身体になってしまった娘のために大変な努力をしてきたんじゃないかな。
山羊のミルクは栄養価が高いらしいから、骨を丈夫にするために必死で飲ませていたのかもしれない。
ご近所さん達は病気の事を受け入れているようだったし、おばあさんが持っている不思議な力も知っていて頼み事までしている。
なんていい環境・・おばあさんたちの人柄もあってのことだろうな。
周りにも支えられてきた事も、すばらしい笑顔に繋がってるのか。
娘は将来、あんな素敵な笑顔をしているだろうか・・
一期一会の出会いに感謝
おばあさんとの出会いを通じて、娘が笑顔を失わないようにすることが私の目標となりました。
毎日の登下校の付き添いが予想以上にきつくて体調を崩していたので、思いきって仕事を辞め、娘のことを最優先に考えるようにしました。
それですべてが上手くいったわけではありませんが、少なくとも「運がなかった」と嘆くだけの情けない母親ではなくなったと思っています。
それからも「なぜ娘だけがこんなにつらい思いをしなければならないのか!」と叫びたくなるほどの困難に直面し続けましたが、家族の協力でなんとか乗り越えてきました。
娘は、辛かった経験を払いのけるかのように 毎日元気な笑い声を聞かせてくれます。今、それが何より嬉しいのです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
実は娘にも「神様からのおくりもの」の物語があるのですが、
また別の機会にでもお話できたらと思っています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?