ステップ4、5で捨てるべきものを見つけた!

  ただ今、新幹線で帰宅中。また明日から仕事が始まる…。捨てるべきものが何か、気付きを与えられた新しい私で出勤だ!(こうやって奮い立たせないと、腰が引ける…まだまだ信仰が浅いです。)  
   しかし平日の、しかもこんな時間(午前10時30分)なのに…新大阪駅はめちゃめちゃ混んでいる。みんな一体どこへ行くんだろう。だけど、今いる場所(現在地)と、これから行く場所(目的地)がちゃんとわかっているから、動きはスムーズ。もし、今居る場所が分からなくなったら、駅員さんに聞けば教えてくれる。駅では簡単に出来るのに、ステップでは出来なかったな、何年も…。

   マイストーリーで4をやらせてもらった時、自分の酷さを振り返ることはできても、自分の欠点は分からなかった。だから当然ステップ6から先へは進めなかった。その後はミーティングに行くだけ。それでも困らなかった?いや、私は困ったのだ、だって、やる前とやった後と変わらなかったのだから。相変わらず過食は勃発し、私は打ちのめされた。
   やり方が間違っているのか?まだ何か足りないのか?不安と焦りでもがきながら、ビッグブックの棚卸しがあると知り、それで4をやらせてもらった。4列目が大切だ、4列目が取り組むべき欠点だ!そう言われた。利己的、不正直、身勝手で恐れがあり、配慮が足りない。どの列にもたくさん丸がついた。何度も、何度も、人を変え、場所を変え、多少表を変えたりしながら4、5に取り組んだ。結果は、何度やっても同じように利己的、不正直、身勝手、配慮の欠如のすべてに丸がついた。
   私の欠点は、利己的で不正直で、身勝手で、配慮が欠如している。ぼんやりとなら分かる。でも、何をどう捨てればいいのか分からなかった。私は相変わらず利己的で、不正直で、恐れがあり、思いやりもなく、そして過食をしていた。
    他にどうして良いのか分からず、焦りと不安で苦しくなるとまた、4を書き5を卸した。それを繰り返しながら闇はどんどん深くなった。自分だけは回復しないのではないか…。あまりにも酷すぎてダメなんじゃないか…と。回転木馬はだんだんと落ちていった。
   施設に行けることになった時、これで正しいやり方をゲットできると、消えかけた希望に灯りがついた、でも、施設が終了すると、やっぱり同じところに立っている自分に愕然とした。唖然としたけど、止まれなかった。止まったら最後、もう二度と動けなくなるのでは無いかと怖くて…。(自分でなんとかしなければ、の生き方)

    ビッグブックスタディで、ステップ4を教わった時、本当に驚いた(ビッグブックスタディでは、驚かないことがないくらい驚いているのだが…)。4、5で見つけるのは、役に立たなくなった考え方だと言うではないか。しかもそれは、今までは役に立っていて、だからこそ大切に握りしめ、私の信念にまでなっている(かもしれない)考え方。それを頭に置きながら、もう一度棚卸しに取り組んだ。講師の仲間のブログ(心の家路)や、諸相ミーティング(AAオープンミーティング)、BtoBのミーティングや1日体験にも助けられながら…。そうして私はやっと、自分の役に立たなくなった考えを、そして、その考えに基づく行動を見つけた。

   先月から職場の上司との折り合いが悪い。冷たい空気が漂い、ほとんど話もしない。理由はまさに、私の欠点(捨てるべき考え方)だ。
   えっ?それ、おかしくないか?なんでそうなるの?私はそう感じたのに、それを上司に聞けない。素直に問うことが出来ない。できないからこそモヤモヤしている。腹を立てている。だから、早く聞けばいいのに、やっばり聞かない。そうして、頭の中で妄想劇場を展開し、怒りを恨みに育てていた。
   その恨みが、先日とうとう仕返しという形で出た。こっそりと上司の保存している電子文書を、2枚削除した。私が作った資料だもんね、お前にはやんないよ!こっそり、分からないように削除した。「私が作った資料=私のもの」だから、上司にはあげないし、消したって構わないんだ!そうやって自己正当化して、犯行に及んだ。
   やってしまってからの罪悪感はすごくて、自分は何をやっているんだと苦しくて…、棚卸しして、祈って、振り返った時に、この出来事が見つけた欠点とピタリと重なっていることに気付かされた…。
   幼い頃から、私は自分の気持ちが言えなかった。言ったって、聞いて貰えなかったから。「口答えするんじゃない!」「なぜ素直にハイと言えないんだ!」と怒られ、無視された。口答えせずに自分の考えを言うには、どうしたらいいのかいつも悩んでいた。でも、何をどう言ったところで、それが母の考えと違えば、怒られ無視される事が分かって、自分の考えは言わずに従った方が安全だと学んだ。一度無視されれば二、三日は口を聞いて貰えない。それは小さな私にとって本当に辛かったから。
   それでも成長し、反発するようになると、今度はさらに無視が続く、私の考えでやったことが上手くいかなかった時には、「ほら見たことか、だから言っただろう。お母さんの言う通りにしていれば間違いないんだ!」と言われ、ますます母の不機嫌と無視は続いた。この時、私が身につけた生き抜く方法が平気なフリをする事だった。平気なフリして傷付いてないアピールをする事が、母を悔しがらせる一番の仕返しだと考えた。母を悔しがらせたかった。仕返ししたかった。まさに、このパターンが職場で出たのだ。権威者(上司=母)に対して。
   言わずに従いこっそり仕返しする。幼い時のまんま出た。振り返れば学生時代、そして社会に出てからも私はこのパターンを使い続けてきた。良い人を装い、決して自己主張せず、従うふりをしながらこっそり仕返しする。(自己主張する時はもう最後、関係を切る時だった。)仕返しすれば我慢したぶんチャラになると信じ、生きてきた。そのやり方が私が生き抜く唯一の方法だった。自分が傷つかないために、平気なフリしてやり過ごし、その悔しさをこっそり仕返しすることでチャラにする。チャラにしたつもりだったが、なっていないから、過食してた。今ならそれが良く分かるが、その時には全く分からなかった。(過食は、仕返しをしてしまった罪悪感から、自分に罰を与える方法としても使えた。)

    昔、AAのスポンサー(ビッグブックなんて読もうともやろうとも思わないと言ったソーバー30年以上の方でした…)から、トラブルは、あさりの口を閉じれば全て上手くいくと言われ、私が口を開くからダメなんだ、やっぱり私がダメなんだ。とにかく黙らなくちゃ…。そう心に決めた事があった。これこそ、6、7なんだ!と。でも、今なら違うと胸を張って言える。
   黙るのは、口を閉じるのは、まず私の気持ちを正直に伝えてからだ。自分の思いを穏やかに伝えた上で、目の前に来たものがなんであれ、それを神様の意志と受け取って行動する。黙るのは、伝えた後だ。伝えた後こそ黙って受け取り、目の前のことにベストを尽くす。伝えることをしないで(不正直で怠惰)、黙って従ったらモヤモヤする。仕返しだってしたくなってしまう。(したくならないか…(汗))ちゃんと伝えないから仕返しが必要になる。仕返ししないと気が済まなくなる。伝えた上で、来たものを受け取る(神の意志に委ねる)。『神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求める。』ステップ3の決心と、ステップ11の祈りがきちんとできていれば、私にもやれるはず!

   私は欠点を見つけた、神様が気ずかせてくださった。でも、私の力ではこれを捨てられない。だから神様に祈る。助けてください、と。これからも欠点を浮き彫りにする機会が沢山与えられるはずだ、そしてその都度、神様と共に、神様に助けてもらいながら、自分に出来ることを精一杯やっていく。いつの日か、神様がこれを取り除いてくださると信じて…。
   とりあえず、明日出勤します。

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