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海外事例研究|中国の都市管理システム「ET City Brain」が導くスマートシティへの取り組み


はじめに

GEOTRAインターン生の筒井です。

昨年度、中国の北京首都国際空港における空港シャトルバスのオンデマンド交通のダイナミックプライシングの導入による最適化に関する北京交通大学による先行研究について、第1弾第2弾の記事に分けてご紹介しました。

 本記事では、中国における、都市管理システム「ET City Brain」を活用したスマートシティ化への取り組み事例をご紹介します。

中国のスマートシティへの取り組みについて

中国のスマートシティ(Smart City)構想は、国のデジタル化と都市化戦略の一環として、近年急速に拡大しています。

スマートシティは、都市のインフラや生活の質を向上させるために、IoT、AI、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなどの最新技術を活用した都市のことを表します。

 以下に中国のスマートシティの現状、技術的な側面、実際のプロジェクトについて解説します。

中国のスマートシティ構想の背景

中国は都市化の進展に伴い、交通渋滞、環境汚染、エネルギー不足などの課題が深刻化しています。
これらの課題に対応するため、政府は2012年に「スマートシティ開発計画」を発表し、多くの都市が試行的にプロジェクトとして参入しました。

 特に「国家新型都市化計画(2014~2020年)」では、スマートシティが重要な戦略の一部として位置づけられています。

『国家新型都市化計画』の最終年である2020年4月には、中国の国家発展改革委員会が「新型都市化建設と都市農村融合発展の重点任務」を発表し、その後も同様の方針を続けました。

計画には、農村中心部である「県城」の発展を重視し、インフラ改善や公共サービス向上を図る内容が含まれています。
2022年には、県城の生活環境改善や都市農村の格差縮小を目指す方針が示されました。

また、中国国務院は2024年7月、「人間中心の新型都市化戦略を進めるための5カ年行動計画」を発表しました。

この計画では、今後5年間で農村戸籍から都市戸籍への移行をさらに促進し、居住地で基本的な公共サービスをより充実させることを目指しています。また、常住人口の都市化率をおよそ70%まで引き上げることを目標としています。

これらの目標を達成するために、中国におけるスマートシティ化は
より重要となっています。

図1:杭州市の都市部の様子
出典:ダイヤモンド・オンライン

中国のスマートシティの技術的基盤

中国のスマートシティ化において、以下の技術が中心となっています。

  • IoT:都市全体にセンサーやカメラを配置し、リアルタイムでデータ収集を行い、交通量、空気質、エネルギー消費などをモニタリングしています。

  • AIとビッグデータ分析:膨大なデータを解析することで、都市管理や政策決定の最適化が可能になります。例として、犯罪予防や緊急対応のためのAI分析が導入されています。

  • 5G通信:超高速・低遅延の通信が可能な5Gは、スマートシティのインフラに欠かせません。交通管制や医療システムのリアルタイム接続などに活用されています。

代表的なスマートシティプロジェクト

杭州市(Hangzhou)

アリババが本社を置く杭州市は、デジタル都市の象徴とされています。

1.「城市大脳」(ET City Brain)プロジェクト
アリババクラウドが開発した都市管理プラットフォームです。交通、緊急対応、環境モニタリングなど、都市のさまざまなシステムが統合され、リアルタイムで管理されています。

2.スマート決済
杭州では、デジタル人民元アリペイ(Alipay)などのキャッシュレス決済が広く普及しており、都市生活の効率化が図られています。

ET City Brainについて

中国は2017年に「次世代AI発展計画」を発表し、アリババがスマートシティ分野を担当しました。

杭州市は2016年にアリババと提携し、「ET City Brain」を導入しました。

 ET City Brainは、アリババグループが開発した都市管理システムで、クラウドとAI技術を活用しています。
このシステムは、リアルタイムで都市データを分析し、交通や公共インフラの運用を効率化します。

 最初に中国の杭州市で導入され、交通渋滞の解消や事故の早期発見に成功しました。
これにより都市全体のリソース管理が最適化され、行政や公共サービスの向上、さらには経済発展にも貢献しています。

図2:ET City Brainソリューション・アーキテクチャ
出典:How-to | Alibaba Cloud’s ET City Brain - Empowering Cities to Think

以下はAlibaba CloudによるET City Brainの説明動画です。

ET City Brainの取り組みと効果(杭州市中央部4区)

「ET City Brain」では、2,000〜3,000台のサーバーと4,000台を超えるカメラが設置され、道路のライブ映像をAIで分析しています。

カメラ・AIによって集積されたデータはアプリケーションで閲覧し、リアルタイムの交通状況などを把握することができます。

図3:ET City Brainのアプリケーション操作イメージ
出典:How-to | Alibaba Cloud’s ET City Brain - Empowering Cities to Think

Alibaba CloudのET City Brainソリューションに交通カメラを組み込むことで、杭州市中央部の交通渋滞や、事故対応、環境などに改善が見られました。

 以下に杭州市中央部4区におけるET City Brainによる取り組みと効果を紹介します。

交通管理の最適化

AIがリアルタイムで交差点ごとの交通量を分析し、信号のタイミングを自動調整します。

この自動信号制御により、道路上の平均移動速度が15%アップし、平均移動時間は3分短縮されました。

図4:セントラルシステムにおけるリアルタイムモニタリング
出典:「スーパーシティ」構想について/内閣府
図5:交通渋滞のリアルタイム状況
出典:How-to | Alibaba Cloud’s ET City Brain - Empowering Cities to Think

事故対応の迅速化

道路上の事故や異常を検出し、警察や救急隊に即座に通知します。事故特定の精度は92%を超え、移動時間も短縮されたため、対応時間が縮まりました。

緊急車両の対応時間が50%短縮され、救急車の到着を7分早めることができました。

図6:交通状況 ⾃動判別の様⼦
出典:「スーパーシティ」構想について/内閣府

環境改善や公衆衛生管理の効率化

空気質、水質、騒音などの環境データも収集・分析し、異常が検出されると自動的に関係機関に通知します。
杭州では、空気質の改善に向けた対策がより迅速に講じられるようになりました。

公衆衛生管理では、ビッグデータを活用して感染者の追跡と感染拡大の抑制に成功しました。

特に浙江省ではコロナウイルスの流行を約1ヵ月で効果的に抑え込んだことに寄与したとされています。

都市リソースの最適化

公共リソースの使用を効率化し、行政コストの削減に貢献しています。

ビルや公共施設のエネルギー消費データを収集・分析し、エネルギーの無駄遣いを抑制します。これにより、電力消費の最適化と節電が達成されています。

 これらの効果により都市の利便性と持続可能性が向上しています。

図7:ET City Brainによる取り組みと効果
出典:「スーパーシティ」構想について/内閣府

ET City Brainが導入されている主な中国の都市

蘇州市

蘇州では交通管理にET City Brainが利用されており、特に産業エリアでの交通渋滞解消に貢献しています。
リアルタイムのデータ収集とAIによる分析で、信号機の制御などが最適化されています。

北京市

北京でも一部エリアでET City Brainが試験導入されています。
特にスマート交通システムの構築を進めており、緊急車両の移動をスムーズにするための取り組みが行われています。

上海市

上海では、ET City Brainが都市のエネルギー管理や交通制御に利用されています。
大規模なデータセンターが構築されており、都市全体のリアルタイムモニタリングが可能です。

深圳市

深圳もスマートシティ技術の導入が進んでいる都市の一つで、交通管理と環境モニタリングのためにET City Brainが利用されています。

成都市

成都市では、交通事故や渋滞の早期検知と対応にET City Brainを活用しています。特に交通の最適化が重点的に行われています。

他にも、南京市広州市など、多くの都市が部分的にET City Brainの技術を取り入れ、都市の効率化と持続可能性を向上させています。

図8:ET City Brainが導入されている都市(2019年9月時点)
出典:City Brain Now in 23 Cities in Asia

国際的な導入事例

ET City Brainは中国以外の都市でも導入が進んでいます。

クアラルンプール(マレーシア)

マレーシアの首都クアラルンプールでも、ET City Brainが交通渋滞の改善と緊急対応の効率化に貢献しています。

シンガポール

シンガポールでもスマート交通システムの一部として採用され、交通の流れを最適化する試みが行われています。

課題と展望

中国のスマートシティは急速に成長していますが、いくつかの課題も存在します。

プライバシー問題
監視カメラや顔認識技術の普及により、市民のプライバシーが脅かされるリスクが高まっています。

データセキュリティ
都市全体で収集される膨大なデータの保護が重要であり、サイバー攻撃のリスクも増加しています。

都市間の格差
都市ごとのインフラ整備の進捗に差があり、地方都市では技術導入が遅れている場合もあります。

今後の展望

ET City Brainは、都市リソースの効率的な管理を実現し、交通渋滞の緩和、エネルギー消費の削減、緊急対応の迅速化、そして治安の向上など、多くの分野で成果を上げています。

 AIとビッグデータを駆使したこのシステムは、都市生活の質を向上させるだけでなく、新たな経済価値も創出しており、他国のスマートシティ計画において参考となるモデルです。

中国政府は引き続きスマートシティの推進を強化しており、2035年までに全国の主要都市でスマートシティ化を完了させることを目標としています。

また、「デジタル経済」と「AI強国」のビジョンに基づき、スマートシティは中国のグローバル競争力を高める戦略的要素として位置付けられています。

日本におけるスマートシティ化の取り組みについて

日本においても、人口減少や少子高齢化、環境問題などの課題に対処するために、スマートシティ構想を積極的に推進しています。

日本政府は、デジタル技術を活用して都市機能を高度化し、住民の生活の質を向上させることを目指しています。

日本の代表的なスマートシティの事例として、柏の葉スマートシティ(千葉県)の例をご紹介します。

柏の葉スマートシティ(千葉県)

柏の葉スマートシティは、千葉県柏市に位置するスマートシティプロジェクトで、2006年から始まった持続可能な都市開発の一環です。

三井不動産が中心となり、地元自治体や大学(東京大学、千葉大学)などの産学官が連携して取り組んでいます。

このプロジェクトは、日本国内外でも先進的なスマートシティの一つとして評価されています。

柏の葉スマートシティの特徴

エネルギーマネジメント
マイクログリッドシステムを導入し、電力を効率的に管理しています。

スマートヘルスケア
健康増進を目的としたウェアラブルデバイスの普及がされています。

コミュニティ形成
居住者のライフスタイルデータを分析し、持続可能なコミュニティづくりを支援しています。

交通インフラとモビリティ
交通渋滞の緩和と環境負荷の低減を目指し、自動運転バスやシェアサイクルの導入が行われています。

「MaaS(Mobility as a Service)」が取り入れられ、スマートフォンアプリで交通手段をシームレスに利用できる環境が整備されています。

図9:柏の葉スマートシティ実行計画(柏市)
出典:NEWS お知らせ|柏の葉スマートシティ

 柏の葉スマートシティは、日本におけるスマートシティの成功事例として注目されており、住民の生活の質を向上させるとともに、環境負荷の低減を実現しています。
このプロジェクトは、持続可能な社会の実現に向けた重要なステップとなっており、今後の発展が期待されています。

最後に

ここまでご覧いただきありがとうございました。

本記事では、中国における、都市管理システム「ET City Brain」を活用したスマートシティ化への取り組み事例「ET City Brain」の事例についてご紹介しました。

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