20240603 普通という思い込み
天気の良い日だった。
日中は家事をして
合間に鳥たちと日光浴をした。
昨日のだるさは少し良くなった。
先週からウォーキングと
皮膚科の通院に行かなければ
と思いつつ、外出が物凄く億劫で
今日も先延ばししてしまった。
昨晩、学生の頃からの友人から
久しぶりに飲み会しよう
という誘いがグループLINEに来た。
コロナ前には年に1回ほど
定期的に集まっていた友人たちだ。
楽しみだけど、憂鬱でもある。
それぞれが数年ぶりな再会のため
近況などを報告し合ったりする
のだろうなー、と想像できる。
今の自分を何と説明しようかなー。
病気のことも何だか重いし
わざわざ久しぶりに会った
友人たちに説明するのも煩わしい。
そして子育てもせず働いていないことが
とても後ろめたい。
(誰に?)
きっといろいろな事情で
実はそういう方はいっぱいいるのだ
ろうけれど、周りにはあまりいない
という感覚がある。
友人たちはみんな仕事と子育てを
両立していて、私から見たら
すごいな...と思ってしまう。
どうしても自分と比べてしまうし
やはり落ち込む。
わざわざ正直に言わなくてもいいのかも
しれないけど、聞かれた時に嘘も
言うのも嫌だなと思う。
(悪いことをしてるわけでもないし)
普通がいいな、とよく思う。
私にとっての普通を想像すると
双極性障害、なんていう持病は
抱えておらず
仕事ができて、できれば子供がいて
人付き合いも波なくできていたら
いいなと思っている。
その普通という叶わないものが
ほとんどで、それを友人たちは
意識せずとも持っている。
そして、こんなことで引っ掛かりを
感じているのは自分だけで
周りはそれほど気にしないだろう
ということ。
視点を変えてみると
もしかしたら自由でいいなぁ
とすら、思われるかもしれない。
私の頭の中で起きていることは
現実と一致するとは限らず
思い込みという名のフィルターを
通している。
むしろ、これはただの妄想で
現実とはかけ離れているのかもしれない。
普通、とはなんだろう。
友人たちだって、私の知らない
持っていない大変さを抱えている
かもしれない。
人それぞれ考える普通は違うだろう。
そして私は自分の思う
普通、という言葉に苦しんでいる。
お読み頂きありがとうございました。