【画廊探訪 No.071】虚の中に動く生命の息吹 ―――小杉画廊企画『PRESS』石橋佑一郎出展作品に寄せて――
虚の中に動く生命の息吹
―――小杉画廊企画『PRESS』石橋佑一郎出展作品に寄せて――
襾漫敏彦
現代を生きる我々にとって、空間は時に空虚である。塔から鉄球が落とされ、神は死んだと叫ばれ、人は幻想から解放された。そして真実から眼をそむけたさせた物語は否定された。人類は、測定と計算のみが言葉をもつ無機質な空間へと放り出されたのである。
石橋佑一郎氏は木版を用い、丁寧に湿らせて硬さをほどいた紙に、幾つかの色彩を重ねていく。単調な図像の組み合わせは、光沢を抑えた乾いた色調は、日本画を思わせる風合いである。それは、即物的な風景のようであり、歴史の向こうの時の停止した廃墟のようでもある。そして、その無機的な空間の中に、彼は、動きの線を描き入れていく。
版画というものは、絵画の一種であるが、繊細な手付きで積み重ねられた版木は、作者の手から離れ、圧力(プレス)に曝される。イメージの原基は主観や技工を超越した時空を通り抜けて、現実の世界へと戻ってくる。イデアへの上昇と現世への下降、圧力(プレス)とは、その間にある無重力の一点かもしれない。
かつて、人間は、ある力で編みまとめられたひとつの世界の中で生きてきた。主観は、その中で、己の位置を保ってきた。物語から解放されたとき、人間は事物をそのまま見なければならなくなった。真理は、天上からこの大地に流れ落ちてきた。分散された事実を求めたあげく、我々は、その辺りに放り出されたガレキのひとつになっていた。
近代という圧力(プレス)を通過して表現された現代、進歩という夢は、時と供にありながら未来を照らさなくなった。石橋氏の版画の一条の線、それは客観の中で失われた実存の主観をとどめようとする風の歌のようにも思える。
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