【画廊探訪 No.054】跳びこえる一瞬の直前を、永遠に変えて、 ―――養清堂画廊企画『――版絵――』下河智美出展作品に寄せて―――
跳びこえる一瞬の直前を、永遠に変えて、
―――養清堂画廊企画『――版絵――』下河智美出展作品に寄せて―――
襾漫敏彦
晴れた日の午後、木陰で誰かを待つ少女。何かと出会う一瞬の直前、その時の心の断面は、未来と過去のはざまで、期待と不安が交錯する不安定な均衡の姿であろう。
下河智美氏は、版画というよりミクストメディアという方が相応しいかもしれない。今回の展示の作品では、向日葵の種を、キャンバスに並べ、様々な素材をかけあわせて固着化させ硬性の面を形成する。それは、タイルや陶磁器の表面のようでもある。物体を底地とした基盤の上に、黒鉛の粉や、色彩を添加して、表現の内枠を拵える。
変化という時の可能性を内に抱える種子を、鉱物の中に埋めこむような技法ではあるが、むしろ感じるのは、無機的な表面から浮き出してくる生命の痕跡、もしくは再生してくる生命の力のような印象でもある。
浮きあがった種子は、整列していたり、球体を形成していたり、集簇したりしている。けれども、銘々が、不均等な形のためか、配列という印象からは遠い。泡沫のようであったり、あたかも互いに引き寄せられているようにも見える。それは、まさに語り出されようとする言葉が、音になる前の喉の奥にある未成の状態であり、弾ける寸前の泡の漲りであろう。
しかし、そこに表現されているのは、未来が求めるエネルギーの蓄積でなく、未来と出会うギリギリの所まで継続される過去である。待ち人との出会いによって物語は、新しく始まる。その前の、まだ開かぬ心の扉、幕があがる前の緞帳の揺れ、跳ぶまでは、過去はそれでも押しやられる現在なのである。
***
下河智美さんの正式なサイトは見当たりませんでしたが、ネット上では過去の展示のお知らせや画像が散見されますので、探して見られると面白いと思います。