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紹介『思想の科学研究会 年報』 ーーー第三号 Ars longa, vita brevisーー

思想の科学研究会では、研究会の活動を活性化させ、外側の人にも伝えていくために、『思想の科学研究会 年報』を発行しております。

第三号 Ars longa, vita brevis について紹介します。

目次と構成

「Ars longa, vita brevis」は大きく五つのパートから構成されています。
まずは目次を提示します。

特集 【体験を経験にする、経験を体験とする】
経験を体験する 
              橘 正博
記憶と歴史の間にあるもの          朴 沙羅
人間の記憶と情報メディアについての省察     後藤嘉宏
晩餐の卓を囲んで              本間 神一郎

論説・寄稿
余は如何にして基督教徒を辞めしか
      中島 義実
南方熊楠『燕石考』の四項モデルとことばの発生  今江 崇
ぼんやりとした暗がりに漂う私への問い    本間神一郎
上原專禄における現代史と世界史       小島 潔

エッセイ・創作
首の付根に                 橘 正博
なぜ、ハワイ                山本 英政
・ハオレガールズ
・ペントハウス in ワイキキ
・ピジンイングリッシュシリーズ
「博多のロックバンド」
  King Bee に魅せられて          橘 正博
美の街道 
  小伝馬町路地裏 JINEN GALLERY     襾漫 敏彦

研究会の活動について
【ほんのしょうかい】
・立川昭二『明治医事往来』講談社学術文庫
・野中モモ『野中モモの「ZINE」小さなわたしのメディアを作る 』晶文社
・ニコラス・G・カー『ネット・バカ』青土社
・碧海寿広『仏像と日本人』中公新書
・クリントン・ゴダール著・碧海寿広訳『ダーウィン、仏教、神』人文書院 ・ 二見遼『Lolita』七月堂 
・ 和合亮一『詩の礫』徳間書店

 構成は、特集、論説・寄稿、エッセイ・創作、研究会の活動紹介の㈣つのパートからなります。
寄稿は、会員等の自由な投稿を基本にしています。

 特集は、【体験を経験にする、経験を体験とする】ですが、研究会では2019年より、【体験を経験にする、経験を体験とする】をシンポジウムの継続テーマとして始めました。今回、特集で扱った記憶と歴史の間にあるもの
は、シンポジウムの講演をしていただいた朴沙羅さんが、講演をもとに立ち上げてくれた原稿です。
 それにちなんだ、文章を橘正博、後藤嘉宏、本間神一郎が書いています。

論説・寄稿では、中島義実の「余は如何にして基督教徒を辞めしか」は、面白いという方が多いです。
今江崇「『燕石考』の四項モデルとことばの発生  」興味深いですよ。
小島潔「上原專禄における現代史と世界史」は、   今回のウクライナの日本の立ち位置をあらためて確認するのに、上原専禄まで戻って考えるキッカケになるかと思います。

年報は、以下のサイトから閲覧可能です。


最近、研究会のサイトは、引っ越しをしました。投稿に関して


 基本的には、一般の投稿も受け入れたいと考えています。ただ、仲間内で制作している同人誌のような性格が強いので、そこを理解してもらった上で投稿を受け入れるつもりです。
 まずは、投稿の案内に沿って研究会の方にご一報ください。


最後に巻頭言を掲載します。

 編集委員の本間さんから「年報三号のタイトルをArs longa vita brevis (人生 は短く、されど芸術は長く)にしようかと考えているが、どう思うか」と、感 想を求められたのは七月。抽象的ではない、具体的な手触り・質感を求めてき た僕には、コロナ禍の昨今、流れに合致するように思えて「なかなかいいんじゃ ないですか」と即答した。
 同じ電話の中で今号の巻頭の依頼を受けて、驚き「自分なんかでよいのです か?」と問い返したところ「自分なんかにしか出来ないことを書いてください」 と奮起を促す激励をもらう。自分なんかにしか出来ないこと・・・。なるほど、 技術の巧拙も、遠慮も、自分を卑下する感情も、書けない理由にならないとく ぎを刺されたわけだ。 

・・・こういう状態の中で、思想の科学は、他の流派からはじかれたものを、 それがすぐれた仕事をするものならば必ず、仲間にいれて発表の場所を用意す る集団でありたいのです。 
       「思想の科学会報四号」より抜粋 

 柏書房より復刻された『思想の科学会報』を読み返す。知らなかった過去 から浮かび上がってくる鶴見俊輔の言葉。生々しい手書きのガリ版による文面。 そこには、未完成にして今日にも通じる多元主義が刻まれ、先見性に眩暈を覚 える。 
 発表の場所を用意すること。それは、はかなく消え去ろうとする存在、ある いは歴史の平準化に埋没してしまった存在の中にも、新たな価値や希少性を見 出す事ができると教えてくれる。「闇を照らせ、スポットライトを当てよ」と、 亡くなった鶴見俊輔が、生きる私達に整った活字では生み出せないガリ版謄写 の迫力で、アジテーションしてくる。

 Ars longa vita brevis たしかに、人生は短い。自分自身の人生を振り返ってみ ても、「何もなしえてないこと」に愕然とする。街路樹の枯葉のように、ハンバー ガーの包装紙のように、明日には忘れ去られる存在かもしれない。それでも、 それぞれが「自分なんかにしかできない」を、持ち寄り、祈りのような対話を 繰り返せば、普遍性を獲得できるやもしれない。

 時代に参加したいという欲望。それぞれがそれぞれに持ち寄った「自分にし かできない」発表の場所を用意する集団・・・年報に取り掛かって三号。化学 反応はもう既に始まっている。必要なのは、勝ち負けではない。正義の取り合 いでもない。参加することだ。
橘正博







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