緊急提言:緊急事態でなくても権利制限を認める法改正案は抜本的に修正すべきである
政府が通常国会で提出する新型インフルエンザ等対策特別措置法など関連法案(1月22日閣議決定)は「緊急事態措置」において強制力を伴う権利の制限を可能とするだけでなく、新設される「まん延等防止重点措置」においても強制力を伴う権利の制限を可能とする内容になっています。
私たちは、特措法第1条の目的に「国民の生命及び健康の保護」と並列して「国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小になるようにすること」も掲げていることからしても、この改正法案には極めて重大な問題があり、抜本的に修正しなければ人々の活動や生活が必要以上に制約され、将来に大きな禍根を残すとの考えから、あるべき法改正の対案を示すことにしました。
私たちが示す修正案は、まだ部分的、暫定的なものであり、皆さんのご意見、国会議論なども見ながら、必要に応じて加筆修正していていきたいと考えています。
第1 あるべき法改正の基本的な考え方
私たちが考える、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「法」といいます)のあるべき法改正の方向性は、以下の通りです。
1 強制力を伴う権利の制限が許されるのは「緊急事態措置」に限るものとし、新設される「まん延等防止重点措置」では強制力を伴う権利の制限を認めてはならない。そのようなことを認める改正法の規定は削除、または抜本的に修正すべきである。
2 「緊急事態措置」も「まん延等防止重点措置」(新設)も出ていない時に、特措法第24条9項を根拠に、知事の権限で営業自粛や外出自粛を要請することは、事実上の権利の制限を伴うものであるから認められてはならない。そのようなことを事実上容認してきた法24条9項は削除、または抜本的に修正すべきである。
3 「緊急事態措置」も「まん延等防止重点措置」(新設)も、事実上権利の制限を伴うものであるから、感染拡大防止という目的との関係で合理的かつ必要最小限度のものでなければならず、科学的根拠に基づく説明と情報公開、国会の関与、期間の限定、事後的な第三者検証は必須である。そのようなことを明確に規定していない改正法の規定は、抜本的に修正すべきである。
4 「緊急事態措置」もしくは「まん延等防止重点措置」により、国民や事業者に一定の行動を事実上強制し、違反者に罰則等までをかけるというのであれば、その処分の名宛人に対して損失補償請求権と事後的救済手段を与えることと当然にセットとなっているべきである。そのようなことを明確に規定していない改正法の規定は、抜本的に修正すべきである。
5 国及び自治体の医療機関及び医療提供者に対する責務や、不当な差別・強要行為の防止等に関する対策を講じるよう明記すべきである。
第2 具体的な改正案
Ⅰ まん延防止等重点措置について
この措置は、緊急事態宣言が出されていない状態で、実質的に緊急事態宣言が出されているのと同様な制約を課すことができ、さらに民主的統制等も規定されない点で、本改正案で最も問題の大きな制度である。
緊急事態に至る前に感染拡大を防止する一定の予防的な対応をとるため、政府や都道府県知事に一定の権限を付与すべき状況があるとしても、法24条9項を広範に拡大解釈して要請等を行うこと自体にも大きな問題があることから、適切に要件・効果を限定したうえで、まん延防止等重点措置を規定すべきである。
具体的には以下のような条項が考えられる。
1 政府は、まん延等重点措置を、区域を区切って発出することができる
2 発出にあたっては、事前または事後に国会への報告が必要
3 発出期間は3か月を限度とする。
4 期間の延長には、3か月ごとに国会承認が必要で、その際には、まん延防止等の措置の効果の検証と延長の必要性を報告する義務を課す
5 まん延防止措置として、国民への一定の行動要請、事業者への営業時間の短縮等の要請が行えるが、緊急事態宣言が発出されていないことに鑑み、これらの要請には強制力がないことを明確にする。
6 この要請に従ったものが被る経済的影響を軽減するために、効果的な支援を実施するものとする。
7 政府の側が、緊急事態宣言の発出をさけるための医療病床数の拡充その他の医療対応力の強化等を実施する旨を記載する。
8 この制度を導入することに伴い、法24条9項の要請については、削除するか、または一般的・啓蒙的な要請にとどまることを明記する。
第三十一条の四
政府対策本部長は、新型インフルエンザ等が国内で発生し、政府対策本部長は、特定の区域において、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがあるまん延を防止するための措置(「まん延防止等重点措置」という)を集中的に実施する必要があるものとして政令で定める要件に該当する事態が発生したと認めるときは、次に掲げる事項の公示をし、並びにその旨及び当該事項を国会に報告するものとする。
一 まん延等防止重点措置を実施すべき期間
二 まん延等防止重点措置を実施すべき区域
三 まん延等防止重点措置の内容
2 前項第一号に掲げる期間は、三か月を超えてはならない。
3 政府対策本部長は、まん延等防止重点措置の成果並びに国民生活及び国民経済の状況を勘案して第一項第一号に掲げる期間を延長し、又は同項第二号に掲げる区域を変更することが必要であると認めるときは、その旨を国会に提案し、その承認を得なければならない。
4 前項の規定により延長する期間は、三か月を超えてはならない。
5 政府対策本部長は、まん延等防止重点措置を実施する必要がなくなったと認めるときは、速やかに、その解除をし、国会に報告するものとする。
第三十一条の五
まん延防止等重点措置の区域に係る都道府県知事は、感染の状況等を考慮して都道府県知事が定める期間及び区域(区画や市町村単位等)において、当該特定都道府県の住民に対し、当該感染症のまん延防止に必要な協力を要請することができる。ただし、かかる要請は、法的拘束力を持つものではなく、この要請に従わないことによって、当該住民に対して不利益を課してはならない。
2 まん延防止等重点措置の区域に係る都道府県知事は、感染の状況について定める事項を勘案して措置を講ずる必要があると認める業態に属する事業を行うものに対し、まん延防止の目的に照らして合理的かつ必要最小限の範囲で、営業時間の変更等の措置を要請することができる。ただし、かかる要請は、法的拘束力を持つものではなく、この要請に従わないことによって、当該事業者に対して不利益を課してはならない。
3 まん延防止等重点措置の区域に係る都道府県知事は、前項までの要請に従ったものが被る経済的影響を軽減するために、効果的な支援を実施するものとする。
4 政府対策本部長は、まん延防止等重点地区において、現実に緊急事態宣言の発出が必要となる事態が生じることをさけるため、当該区域の医療病床数の拡充その他の医療対応力の強化のために効果的な措置を実施しなければならない。
第三十一条の六
政府対策本部長とまん延防止等重点措置の区域に係る都道府県知事は、まん延防止等重点措置の実施の有無やその内容について、相互に調整しあい、地域間の措置の不均衡その他の弊害が生じないよう配慮するものとする。
2 都道府県知事は、当該都道府県を「まん延防止等重点措置」を実施すべき区域とすることや期間の延長等について公示を行うよう国に要請することができる。
Ⅱ 緊急事態宣言発出の民主的統制について
本特措法は、もともと、「国民や事業者への制約が弱い」ということを前提に、国会承認等が不要で、国会報告のみで緊急事態宣言が発出できるという「弱い発動要件」を是としてきた。
しかし、今回、制約の程度が強化されるのでれば、発動要件自体も強化されなければならない。
具体的には、以下のような規定とするべきである。
1 政府は、当該感染症の急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすことが明らかとなった場合には、全国に、または区域を区切って緊急事態宣言を発出することができる
2 発出にあたっては、事前に国会の承認が必要、ただし、感染拡大が急速でその暇がないと認めるときは、緊急事態宣言の発出から1か月以内に事後承認を取ることが必要。
3 発出期間は6か月を限度とする。
4 期間の延長には、6か月ごとに国会承認が必要で、その際には、緊急事態宣言下にとられた各種の措置の効果の検証と延長の必要性を報告しなければならない。延長後の期間は、全体で2年を超えてはならない。
5 緊急事態宣言が発出された場合には、発出後6か月以内に、国会は当該緊急事態宣言の必要性及びその間の措置の妥当性等について必要な検証を行い、国民に対して公表する。緊急事態宣言の延長がなされた場合にも同様とする。
6 この検証の前提として、緊急事態宣言の発出の根拠となった情報、基準等の情報を国民に対して開示しなければならない。
(新型インフルエンザ等緊急事態宣言等)
第三十二条
政府対策本部長は、新型インフルエンザ等(略)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態(以下「新型インフルエンザ等緊急事態」という。)が発生したと認めるときは、事前に国会の承認を受けたうえで、新型インフルエンザ等緊急事態を宣言し、次に掲げる事項の公示(略)をし、並びにその旨及び当該事項を国会に報告するものとする。ただし、事前に国会の承認を受ける暇がない時には、緊急事態宣言を発出したのち1か月以内に承認を受けることで足りる。
一 新型インフルエンザ等緊急事態措置を実施すべき期間
二 新型インフルエンザ等緊急事態措置(第四十六条の規定による措置を除く。)を実施すべき区域
三 新型インフルエンザ等緊急事態の概要
2 前項第一号に掲げる期間は、六カ月を超えてはならない。
3 政府対策本部長は、新型インフルエンザ等のまん延の状況並びに国民生活及び国民経済の状況を勘案して第一項第一号に掲げる期間を延長し、又は同項第二号に掲げる区域を変更することが必要であると認めるときは、事前に国会の承認を受けて、当該期間を延長する旨又は当該区域を変更する旨の公示をするものとする。
4 前項の規定により延長する期間は、最大で2年を超えてはならず、六カ月ごとに延長に関する国会の承認を得なければならない。
5 政府対策本部長は、新型インフルエンザ等緊急事態宣言をした後、新型インフルエンザ等緊急事態措置を実施する必要がなくなったと認めるときは、速やかに、新型インフルエンザ等緊急事態解除宣言(新型インフルエンザ等緊急事態が終了した旨の公示をいう。)をし、及び国会に報告するものとする。
6 政府対策本部長は、第一項又は第三項の公示をしたときは、基本的対処方針を変更し、第十八条第二項第三号に掲げる事項として当該公示の後に必要とされる新型インフルエンザ等緊急事態措置の実施に関する重要な事項を定めなければならない。
7 国会は、緊急事態宣言がなされた場合には、宣言後6か月以内に、当該緊急事態宣言の必要性及びその間の措置の妥当性等について必要な検証を行い、国民に対して公表する。緊急事態宣言の延長がなされた場合にも同様とする。
8 政府対策本部長は、前項の検証の前提として、緊急事態宣言を公示する根拠となった情報、緊急事態と判断した基準等の情報を国民に対して開示しなければならない。
Ⅲ 緊急事態宣言時の事業者への要請及び命令と損失補償について
緊急事態宣言下の対応について、現行の特措法第45条との関係で重要なのは、事業者に対する制約が、罰則付きの命令に格上げされる点である。
緊急事態宣言時の措置に実効性を持たれる趣旨で、一定の場合には罰則を科すことが合理性を持つとしても、これは極めて重要な営業権の侵害であるから、その要件や補償規定は厳格に定める必要がある。
具体的には、以下のような規定とすべきである。
1 緊急事態宣言中は、事業者に対して、一定の感染防止措置の実施、営業時間の短縮、営業停止等の指示をすることができる。ただし、当該指示によって当該事業者及び関連事業者が被る経済的損失を軽減するために、国は十分に効果的な支援措置を講じるものとする。
2 指示に従わない事業者に対して、国は、命令を発すことができる。ただし、当該命令は、事業者の営業権に重大な影響を与える処分であることに鑑み、その対象や内容が、感染防止の目的に照らして必要最小限のものでなければならない。
3 命令を受けた事業者は、その事業規模に応じて、事業を継続するために十分な補償を受けることができる。
4 国は、命令を受けた事業者が、正当な理由なくその命令に従わず、それによって感染拡大が生じる危険があると認められるときは、当該事業者に対して、過料を科すことができる。
5 命令又は命令違反の罰則を受けた事業者は、その命令又は罰則の内容等に不服があるときは、審査請求及び行政事件訴訟法上の取消訴訟を提起することができる。
(感染を防止するための協力要請等)
第四十五条
特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、当該特定都道府県の住民に対し、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間及び区域において、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる。
2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、感染拡大の原因となっていると合理的に評価できる施設又は事業者に対して、当該施設の使用の制限若しくは停止又は営業の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう指示することができる。
3 政府および地方公共団体は、前項の指示によって指示の対象となった施設管理者又は事業者及びその関連事業者が被る経済的損失を軽減し、当該指示によって施設管理者又は事業者等の事業継続が困難とならないようにするために、十分に効果的な支援措置を講じるものとする。
4 施設管理者及び事業者が正当な理由がないのに前項の規定による指示に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを命令することができる。ただし、当該命令は、その対象や内容が、感染防止の目的に照らして十分に合理的かつ抑制的なものでなければならない。
5 特定都道府県知事は、前項の命令を受けた施設管理者又は事業者が、正当な理由なくその命令に従わず、それによって感染拡大が生じる危険があると認められるときは、当該事業者に対して過料を科すことができる。
6 第四項の命令を受けた施設管理者又は事業者は、その損失の規模に応じて、事業等を継続するために十分な補償を受けることができる。
(審査請求等)
第四十五条の二
第四十五条第二項若しくは第四項の指示又は命令を受けた者は、政府対策本部長又は特定都道府県知事に対して、審査請求(再審査請求及び再々審査請求を含む。以下この条において同じ。)をすることができる。
2 政府対策本部長又は特定都道府県知事は、前項の審査請求があったときは、当該審査請求があった日から起算して五日以内に、当該審査請求に対する裁決をしなければならない。
3 前項の審査請求が棄却又は却下された者は、当該処分の取消訴訟を提起することができる。
Ⅳ 国民及び医療機関並びに地方公共団体に対する支援
法第45条の要請等に伴い、国民に対する支援、医療機関及び医療提供者に対する支援、地方公共団体に対する支援が必要であることから、その点に関する国及び都道府県の責務を明記する。
(支援措置)
第六十三条
国及び都道府県は、第三十一条の五第一項、第四十五条第一項の規定による要請を受けた住民に対して、それによって生じる不利益を最小化するために必要な支援をしなければならない。
2 国及び都道府県は、第三十一条の五第一項又は第三十二条第一項の公示が出された場合には、これに対応する医療機関及び医療従事者に対して、医療体制の確保その他の負担に対して、効果的な支援をしなければならない。
Ⅴ 差別の防止に関する行政の義務および罰則の検討
差別の防止については、現在規定されることが予定されている、実態把握、相談支援、その他啓蒙活動に加え、不当な差別を受けた者に対する効果的な救済措置などの実施を規定する。
(国、地方公共団体等の責務)
第三条
(1〜6 略)
7 国、地方公共団体並びに指定公共機関及び指定地方公共機関は、新型インフルエンザ等対策を実施するに当たっては、国民及び事業者の間に、感染リスクのある職業に従事していること等を理由とする不当な差別的取扱い及び人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害する強要行為(以下「差別等」という。)が生じることを防止、是正するため、以下の対策及び措置を講じなければならない。
① 差別等の有無に関する実態を調査すること。
② 差別等を行わないように啓発すること。
③ 差別等を受けた者に対し、効果的な支援、救済措置を行うこと。
④ 差別等を行った者に対し、差別等を行わないよう勧告し、悪質な事案は公表すること。
2021年1月22日
金塚 彩乃(弁護士)
倉持 麟太郎(弁護士)
水上 貴央(弁護士)
楊井 人文(弁護士)
(五十音順)
(修正履歴)
・「第2 具体的な提案」「Ⅰ まん延防止等重点措置について」の8は「この制度を導入することに伴い、法24条9項の要請については、削除するか、または一般的・啓蒙的な要請にとどまることを明記する」に修正(太字部分加筆)しました。(1月23日)
(参考)
・【通常国会の法改正 ココが問題】メンバーが徹底解説しました(随時更新)
・第2次緊急声明: 新型コロナ対策の法改正の方向性には自由と生活を脅かしかねない重大な問題がある(1月16日)
・緊急事態宣言の再発出に慎重な対応を求める有志の緊急声明(1月6日)
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