受診拒否に対する訪問診療の必要性
精神障害者の家族が利用できるオンラインサロン「みんなねっとサロン」内で多く話題にあがっている、家族の「受診拒否」について、家族相談の現場での実際の事例をご紹介いたします。
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30代になる当事者の息子さんと二人暮らしの母親からの相談です。1~2年前から、次第に母親と会話をしなくなり、2階の自分の部屋に閉じこもるようになりました。
音に対して非常に敏感になり、日常の生活音に対しても過敏に反応するようになり、いらだちをあらわにすることもありました。何かされるのではないかという不安から、母親はできるだけ音をたてないようにひっそりとした生活をしていました。
台所の調理の音も、息子に刺激を与えてはいけないと思い、外で食事を済ますこともしばしばでした。息子さんは、近くの建築現場へも、音がうるさいと苦情を言いに行こうとします。
息子さんとのコミュニケーションは、手紙でのやり取りでした。用件を書いて部屋の前に置くと、返事を返してきます。気に入らない時は、手紙をくちゃくちゃにして捨てます。
母親は、一日でも早く医師の診断を受けさせたいと思うのですが、本人がいうことを聞かず、病院へ行こうとしません。
きょうだいや信頼している知人等の説得にも全く耳を貸そうとしません。母親は市内、市外の精神科の病院、数か所に相談に行ったのですが、どの病院でも「本人を連れてきてください」と言われるだけでした。
保健センターへ相談に行っても、病院へ連れて行くことはできないと断られました。警察に相談しても、「それは保健所の仕事でしょ。何もない人を病院へ連れて行くことはできません」と言われました。
(相談者の方の市町村には)訪問援助活動の事業をおこなっているところがないので、訪問援助活動の事業をおこなっている隣の市の生活支援センターに相談しました。支援センターの方は前向きに考えてくださり、当市の行政に話をしてくださいましたが、行政間の壁に阻まれ、支援を受けることはできませんでした。
母親は、息子さんの態度にびくびくしながら、早く病院へと焦る気持ちの中、日々は過ぎていきました。
市外ですが、車で40~50分の所に、訪問診療をするクリニックがありました。市外でもあり遠いので、訪問していただくのは無理であろうという話を聞いていましたが、今はもうこのクリニックにお願いする以外ないと思い、母親は面会を申し込みました。
すると先生から、面会し、話を聞いてもよいという連絡がありました。先生との話し合いの結果、訪問していただくことになりました。
それから1か月後に、先生が訪問してくださいました。
最初、息子さんとはドア越しの会話でしたが、次第にドアを開けて、対面で話をすることができるようになりました。
しかし、先生が帰られた後の息子さんからの母親への手紙には、「もう二度と呼ぶな」と書かれていました。
それでも、先生の訪問を機に、息子さんの態度は少しずつ落ち着き、変わってきたように母親には思えました。その後、通院して服薬するようになり、きょうだいに誘われて一緒に外出したりするようになり、母親との手紙のやり取りは相変わらずですが、少しずつ会話をするようになってきました。
家族が、自分の息子や娘が普通の人と何か違うのでは、と感じた時、早く病院に受診させたいと思っても、本人が受診を拒否し、なかなか治療につながらない時があります。
親が病院に行っても、「本人を連れてきてください」と言われ、保健センターに相談しても、病院へ連れて行くことはできないと言われます。警察は、「何か起きた時には…」と言いますが、家族はどこに相談したらいいのか途方に暮れます。
そんな時、病気についての知識と経験を持っている精神科医の訪問診療があれば、家族はどんなに助けられるでしょう。当事者の体調不良等により、病院へ行けなくなることもあります。薬を出してもらえなくなると、病状の悪化につながりかねません。
また、親が当事者に関われなくなった時、当事者が自ら病院へ行き、治療を受けることができるだろうかと不安を抱くご家族もいます。受診しないと診断書も書いてもらえず、(自立支援医療は使えなくなるので)3割負担の診療となり、障がい者にとっては大きな負担となります。
もっと多くの訪問診療をしてくださる医師がいて、もしもの時にも安心して診療を受けられるようにならないものだろうかと、強く思います。
編集からのコメント
本人が「次第に会話をしなくなり、部屋に閉じこもるようになる」というのは、精神の病気の特徴でもあります。長くなってくると家族は何とか病院に連れて行きたいと思い、さまざま手を尽くしますが、本人は拒否、次第に関係は悪化し孤立していきます。
万策尽きてやっとの思いで病院や相談機関に駆け込んでも「本人を連れて来てください」と言われてしまってはなす術がありません。それができないから相談しているのに、どこも相手にしてくれない…これが、いまだ繰り返されている関係機関の対応です。
こんな時、直接医師が自宅に出向いて本人の診察をしてくれる訪問診療は、こう着した状況を解決する糸口になります。関係を拒んでいるようでも、実は孤立が長引くことへの危機感は、家族だけでなく本人自身も感じていることが多いからです。この事例では、相談員が近隣地域の情報をよく把握していて、市外の訪問診療クリニックを紹介し、医師に訪問してもらい、診察まで繋げることができました。行政間でもできなかった(やろうとしなかった?)関係機関の連携が、相談員の懸命の努力で実現できた貴重な事例といえます。
みんなねっとでは早くから訪問診療の有効性に着目し、訪問型の支援・治療サービスの充実を要望してきましたが、いまだ一部の限られた地域でしか実施されていません。全国どこにいても本人・家族のもとに訪問型の支援・治療サービスが届けられるように、具体的施策の実現に向けてくり返し声を上げていくことが重要だと感じました。
(出典)精神障がい者家族相談事例集 公益社団法人全国精神保健福祉会連合会(この記事は、みんなねっとに帰属しますので、無断での転載・掲載はお控えください。必要な際は事務局にご相談ください。)
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