『ビリー・エリオット』 2024 観劇記録
本当は行くつもりはなかった。
だけど観に行って本当に良かった。
観に行って後悔しないというのは嘘じゃなかった。
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子どもが主役ってどうなの?
舞台を観る時は大体、チケットの販売開始前に観ることを決め、チケットを早めに手に入れることが多い。だけど今回は違う。
私の大好きな瞳子さん(安蘭けい)とめぐさん(濱田めぐみ)が出る作品で、お二人ともインタビューで絶賛していたため気になってはいた。しかし、だ。
上記の理由から、悩んだ末に観ないつもりの作品だった。しかし、公式がS席1枚の価格で2枚の販売を開始したことで金額の問題が解消され、観に行くことを決めた。
最も心配していた "子どもが主役" であること。これは大声で言いたい。全く問題無かった!!!
さすがは1年以上のレッスン形式のオーディションを受けてきただけのことはある。
上記のYouTubeが今から7ヶ月ほど前のビリーたち。ダンスや器械体操は非常に素晴らしい。しかし、申し訳ないが歌声に関してはあまり好ましくは感じられない。それが行ったら驚き。この動画とは全く違っていた。聴いていて不快になることはなかった。子どもの成長ってすごい。
制作発表時のレベルが低くても、公演時には上達している可能性が高いのだから、今後、作品を観ない理由に "子どもが主役" を含めることはもうしない。
ミュージカルならではの1曲
今回、最も心に響いた曲『The Letter』。
素晴らしいメロディーであるのは当然だけど、曲として素晴らしいだけではない。ビリーにとって "自分にとって意味のあるもの"が、どれほど大切にしてきたのかが伝わる曲の構成になっている。だからこそ、普通の歌謡曲とは一線を画したミュージカルならではの1曲となっていたように思う。
はじめは "自分にとって意味のあるもの" として豆の缶を出す。前半、おばあちゃんとのやりとりで大事な物を箱に隠すシーンがあったように思うが、その箱に納まらないようなサイズの缶だったことから、豆の缶は大した思い入れのあるものでは無かったのではと考える。自分にとって意味のあるものは母からの手紙であるものの、意味がありすぎて手紙を見せることに抵抗感があったからこそ、カモフラージュとして持ってきてしまったのかもしれない。
そして、ウィルキンソン先生が手紙を読み上げるシーン。ビリーが手紙を暗記するほどまでに読み込んでいたことがわかって、もう涙腺が爆発。鼻を啜らないようにするのに必死だった。泣ける作品という表現は好きじゃないが、今まで観てきたミュージカルの中で1番泣かされた。
おばあちゃんには見せることも拒否していた手紙を、ウィルキンソン先生には読ませられるくらいに慕っている感じや、母親が既に亡くなっていることを承知しているウィルキンソン先生が手紙を読むことで、ビリーへの愛が深まる感じもすごく良かった。ウィルキンソン先生が持つビリーへの愛は複雑で、それがまた魅力的。初めはバレエ教室に参加したと言えないレベルのビリーからさえも小銭を巻き上げていたのが、無償でも教えたいという気持ちに変化し、ビリーの更なる成長のために持ってこさせた自分にとって意味のあるもの(手紙)によって愛の形がまた変化する。ウィルキンソン先生は手紙を読むことで、ビリーに対する母性が沸きつつも、母親代わりになるべきではないというけじめを持っているように見えた。だからこそ、ビリーに対して言葉では表現できない複雑な愛が生まれているように見える。そういう意味では、この作品はビリーの成長物語であるのと同時にウィルキンソン先生の成長物語でもあるように思う。
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余談。
冒頭、最初に流れる『The Stars Look Down』を初めて聴いた時、なんとなしにFC東京のチャント『You never walk alone 』に少し似ている気がした。
本作の曲を書いたのは原作にあたる『リトル・ダンサー』にベタ惚れしたエルトン・ジョンとのことだが、何か繋がりがあるのか一応調べてみたが関係性は見つからず。しかし、調べていく中でFC東京のチャントは『回転木馬』というミュージカルで歌われた曲だと知った。ミュージカルというジャンルでは共通点があった。
ビリーとマイケル(石黒瑛土・高橋維束)
同じ役者でも子どもの成長は著しく、2週間ぶりにリピート観劇したら全く違く見えたというコメントを見かけた。改めて述べるが制作発表時のイメージのまま観劇していない人がいたら大変もったいないため観劇してきてほしい。
今回、観に行ったのは石黒瑛土くんの回。オーケストラピットの所に「Today’s Billiy エイト」と書かれたボードが置かれており、曲名は忘れてしまったが初めの音は何の音かも強調して書かれてあった。4人の子役の中に声変わりが始まっている子がいるとのことだが、子役ごとに歌いやすい調に変えて演奏しているのかもしれない。想像でしか無いけど、もしそうなら、もっとバンドの皆さんには賞賛されてほしい。調が変わることは楽器にもよるだろうけど、丸々1曲違う曲を覚え直すような所あると思うから本当に大変だと思う。
そんなバックバンドに支えられて演じていた瑛土くんだけど、感情のエネルギーがすごくて圧倒された。瑛土くんに限らない話かもしれないが、子どもが持つエネルギーが本当に凄い。エネルギーとしか言いようがない何かが溢れていた。特に『Angry Dance』と『Electricity』の2曲。
『Angry Dance』はタップダンスが印象強い曲だが、タップダンスって力むと全くうまくいかないらしい。怒りの感情って身体に力入っちゃうと思うんだけど、なんとまあ器用なこと。いや、器用にできるようになるまで辛く長い努力があったのだろう。
そしてめっちゃくちゃ踊って、器械体操してから歌う『Electricity』。インタビューでも言ってたと思うが、あれはかなり大変だって観ているだけでもわかる。だけど、観劇中はそんなこと考えることなく、ビリーが舞台を飛び跳ね歌う姿に魅了された。曲が終わって、お父ちゃんが「これ、うちの息子なんです。」と語る言葉も顔も最高。自慢したい気持ちに完全同意。
ビリーにワンピース着たっていいじゃんと歌うマイケル役を演じた維束くん。ボーイソプラノが綺麗に響いていた。
この稽古での歌も悪くはないが、マイケルもビリーと同様に日々成長しているのだと実感。今度、キンキーブーツにも出演されるらしく、ぜひこれからも活躍してほしい。
終盤でビリーを見送るシーンでは、ビリーがマイケルの頬にキスしたのに対して観客席にいた子どもが驚きの声をあげていて、舞台の上も下も微笑ましい空気が漂っていた。
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これから廃れていくことが決まったような田舎で偶然バレエを知り、街の人たちの応援(金銭的支援を含む)を受けることで成長するビリー。
一方、そのビリーという主人公に選ばれた4人の子役は、2歳から5歳までの間にバレエを始め、賞を取るほどまでにバレエを学べる環境で過ごし、海外で留学経験のある子もいた。4人の中にはビリーのオーディションを受けないかと誘われた子もいたようだ。
その子たちの何を知っているかというと何も知らないに等しい訳だけど、ビリーより恵まれている子たちだと思う。そういう意味では、いつかまた『ビリー・エリオット』が再演する時には、ビリーと同じように未経験だけど光るものがある子を見つけ出して輝かせてほしい。
瞳子さん(安蘭けい)はいつだって最高
いやもう本当に言葉では言い表せないくらい、瞳子さんの演技は素晴らしい。瞳子さんの輝きが強過ぎるもので、ラストのチュチュを着た瞳子さんに目を奪われたのは、私だけではないと思う。
初めて知ったのは今年2024年3〜5月に上演された『カムフロムアウェイ』だから、つい最近のようなものだけど、最近はありがたいことに文明の利器によって過去の瞳子さんを知ることができる。そこに映る瞳子さんは本当に魅力的で、もうリピート再生しまくり。
話がずれてしまったが、瞳子さんは役を役としてではなく、ウィルキンソン先生そのものとして生きているように感じられるから大好き。妊娠でバレエでの活躍を諦めざるを得なかった母親であり、ダメな夫の妻という役割からも、炭鉱の街からも抜け出せず、バレエガールズの先生として小銭を稼ぐしかなかった。そんなウィルキンソン先生そのものだった。瞳子さんのことが好きになりすぎて、色んな作品に出られている瞳子さんの動画を観てきた上で今回が2度目の生観劇となったけれど、『カムフロムアウェイ』で演じられた役の1つにはウィルキンソン先生と同じようなつっけんどんな口調の役があった。しかし、休憩時間中も過去の瞳子さんが頭によぎることは無かったのも凄いと思う。不可能な願いだけど、何人もの瞳子さんが色んな役で登場して活躍する舞台が見てみたい。
『The Letter』の歌を通して、ウィルキンソン先生の良さはもう随分語ったけれど、まだある。ウィルキンソン先生は子どもの頃に憧れていたお姉さんのような雰囲気を持っている気がした。年齢的にはお姉さんというよりもおばさんの役ではあるが、気だるげでクールな雰囲気を漂わせていることも相まって少しドキッとする色気を感じる。瞳子さんのインスタの投稿やインタビュー記事を見ると、瞳子さん自身は生命力に溢れた方というイメージなんだけれど、舞台に立つと変化するギャップが本当に魅力的。せっかくなので別の作品だが、指の先まで美しい瞳子さんの魅力が詰まった稽古動画を紹介する。
父ちゃん、トニー兄ちゃん、ばあちゃん(益岡徹・西川大貴・根岸季衣)
益岡さん良かったなあ。社会問題に振り回されつつも、父親としての役割を果たそうと努力するが、炭鉱で働いてきたプライドが捨てきれない感じがする。はじめのほうにウィルキンソン先生の成長物語でもある、と書いたけど父ちゃんも成長していた。
そしてその父ちゃんをみて育ったトニー役の西川さん。クロネコチャンネルの人ってイメージが強かったんだけど、西川さん良い。すごく良かった。歌も良かったが、演技が抜群だった。YouTubeで見ていた印象から、勝手にくどい演技をしそうな想像をしていたけれど全く違った。そんな想像をしていた自分を過去に戻って戒めたい。特にビリーに対して怒るシーン。ヒリヒリした。でも、大人の男性が怒鳴る時に覚える恐怖感は不思議と無くて、ぜひまたどこかでお会いしたい。
そして根岸ばあちゃん!御歳70歳でチュチュ着て踊るの最高。それを喜んでいるのが可愛い。(以下のインタビュー記事より)
『Grandma’s Song』でおじいちゃんとの思い出を歌うシーンあるの素敵。おじいちゃんのDVについても歌うのだけど、根岸さん演じるばあちゃんが歌うとポジティブな面が前面に押し出ていて夢見る少女みがあって大変可愛い。
光と影が存分に活かされた演出
照明が凝っていると作品に奥行きが出る気がする。
これはもしかしたら照明の仕事では無いかもしれないけれど、上演開始してすぐの演出には驚かされた。
スモールボーイが1人、舞台下の隅から出てきて舞台に上がり、キャンディーを舐めながらテレビを眺めるシーンから始まる。そのテレビの表現だが、映画館のように舞台上いっぱいに映像が映し出されるのだが、それが何も無い空中に映し出されたように見えるから驚き。その後、薄黒い紗幕が上がっていき、紗幕に投映されていたのだと気付いたけれど、開演前から幕は開いており、椅子などの大道具が並んでいる状況が見えるようになっていたため、紗幕があったなんて全く気付かなかった。
開演前の開場してすぐの時間に、舞台に近寄ってオーケストラピットを含めて見学していたから尚更驚いた。
その他、照明で印象に残ったこととして、舞台上にいる人物の影が背景に大きく映し出されるシーン。影の映し方1つで舞台上の人物の存在感が強くなる効果を知った。それでいて見ていてなんだか美しかった。
ラストシーンの炭鉱に降りていく大人たちの光の使い方も良かった。ヘッドライトが客席を照らしてから、少しずつ扉が閉まり、真っ暗になる。この時、音響も良い効果出してた。深い地下に降りていくように声がくぐもり、小さくなっていく。都会の一角に炭鉱が見える気がした。
終わりに……Brilliant HALLを避けなくてOK!
悪評が原因かは知らないけれど、改修工事をされたという池袋のBrilliant HALL。今回、1階席の前からも横からも真ん中くらいの席で観劇したけれど、すごく見やすかった。開場して間もないお客さんが少ない時間に劇場内の色んな席から舞台を眺めて見たけれど、見えづらい席はほとんど無かった。しかし、次にこの劇場に来る時は、千鳥配列になっていない場所は避けようかと思う。2,3階の前後列の高低差は割とあったけれど、それでも頭が被ってしまいやすいため、2,3階のサイド以外の席を取る時は最前列が無難かもしれない。